南京大虐殺 生存者2人が逝去 証言者は28人に
中国・南京で、南京大虐殺を生き延びた2人の生存者が今週土曜日に相次いで亡くなり、記念館が把握する生存者は28人となりました。第二次世界大戦の巨大な戦争犯罪を直接語れる人が、さらに少なくなっています。
今週亡くなった2人の生存者と「28人」という数字
南京にある南京大虐殺の犠牲者を追悼する記念館は、日曜日に発表した情報で、2人の生存者が前日の土曜日に亡くなったと明らかにしました。これにより、記念館に登録されている南京大虐殺の生存者は、わずか28人になったとしています。
生存者の人数は、戦後から時間が経つにつれて減少の一途をたどってきました。今回の訃報は、証言を聞ける「生き証人」があとどれだけ残されているのかという、重い現実を突きつけています。
易蘭英さんが語り続けた恐怖の記憶
亡くなった一人、易蘭英さんは99歳でした。南京大虐殺当時、彼女は日本軍の将校に殴られて前歯を折られただけでなく、朝食をとっていた若い男性が日本兵に銃剣で刺し殺される場面を目撃しました。また、複数の日本兵が家々を捜索し、70人を超える若い男性を連れ去っていく様子も見たといいます。
こうした体験は、易さんの心身に深い傷を残しました。不安発作や動悸、耳鳴りに長年苦しめられながらも、彼女は自らの証言を語り続け、「罪のない命が奪われたことを、後の世代が決して忘れないでほしい」と訴えてきました。その願いは、記録や映像となって今も残されています。
陶成義さん「戦争が子ども時代を壊した」
もう一人の生存者、陶成義さんは89歳で亡くなりました。南京大虐殺のさなか、日本軍の侵攻によって、父、叔父、いとこを失いました。
陶さんは生前、「父が殺されたあと、母は私たち子どもと一緒に小さな商売をしながら必死に生計を立てた。戦争は私の子ども時代を壊した」と語っています。家族の喪失と貧しさの記憶は、その後の人生にも深い影を落としました。
南京大虐殺とは何か
南京大虐殺は、1937年12月13日に当時の中国の首都だった南京が日本軍に占領された後、およそ6週間にわたって続いた大量殺害と暴力行為を指します。その間に、およそ30万人の中国の民間人と武装解除された兵士が殺害されたとされています。
多くの研究者は、南京大虐殺を第二次世界大戦における最も深刻な戦争犯罪の一つとして位置付けています。犠牲者の多くは軍事目標ではなく、日常生活を送っていた市民でした。2025年を生きる私たちにとっても、この史実は過去の出来事として片付けられるものではありません。
国家追悼日と「記憶の継承」
2014年、中国の立法機関は、毎年12月13日を南京大虐殺の犠牲者を追悼する国家追悼日として定めました。それ以来、12月になると南京だけでなく中国各地で追悼行事や平和を訴えるイベントが行われています。2025年12月8日の現在も、数日後の追悼日に向けた準備が進んでいると考えられます。
しかし、生存者の高齢化が進む中で、「誰が記憶を語り継ぐのか」という問いは年々重みを増しています。今回の2人の逝去は、その現実を改めて浮かび上がらせる出来事となりました。
私たちは何を受け継ぐのか
南京大虐殺の記憶を未来につなぐために、現地では次のような取り組みが続けられています。
- 生存者の証言を映像や音声、文書として記録し、アーカイブ化すること
- 学校教育や展示を通じて、若い世代に歴史の事実と教訓を伝えること
- 歴史研究や国際的な対話を重ね、出来事の全体像を多角的に検証すること
- SNSやオンラインメディアで、一次証言や歴史資料に触れる機会を広げること
日本で暮らす私たちにとっても、このニュースは過去だけを語る話ではなく、今の社会をどうつくるかを考えるための材料になります。加害と被害という一面的な図式に閉じこもるのではなく、史実に向き合い、戦争を繰り返さないために何ができるのかを、それぞれの立場から静かに考え続けることが求められています。
Reference(s):
Deaths of 2 Nanjing Massacre survivors leave just 28 living witnesses
cgtn.com








