Grok 3とDeepSeekが映す、中国と米国のAI戦略の分岐点
イーロン・マスク氏の対話型AI「Grok 3」の登場が世界のAI競争に再び注目を集めるなか、中国のAI専門家・田豊氏(中国AI企業SenseTime傘下研究機関の元院長)は、その本当の意味は「技術そのもの」よりも、中国と米国の開発スタイルの違いにあると指摘します。
Grok 3公開で浮かび上がる「二つのAIモデル」
田氏はCGTNの電話インタビューで、Grok 3など米国発の最新AIは、膨大な資金と最先端チップを背景にした「計算力依存型」のモデルだと説明します。米国企業は、コストよりも技術的な先行を優先し、巨額の投資と計算資源をつぎ込んでAIの性能を押し上げる方向に動いています。
一方で、中国は同じゴールを別ルートから目指しているといいます。限られた資源を前提に、いかにコストを抑えつつ効率を最大化するか。田氏は、その象徴が中国発の大規模モデル「DeepSeek」だとみています。
米国: 資本と計算力で攻めるハイエンド路線
米国のAI企業は、資本市場の厚い支えと最先端の半導体を強みに、計算力を武器とする戦略を進めています。Grok 3のようなモデルは、その典型例です。
- 膨大なGPUクラスターなどの計算インフラを前提に、性能をひたすら追求
- 研究開発コストよりも、技術面でのリードを確保することを優先
- 「イノベーションのためならコストは問わない」という発想が背景にあると田氏はみています
金融面での優位性を持つ米国は、コスト削減よりも「中国より先を走り続けること」に重心を置きやすい構図だと、田氏は分析します。
中国: DeepSeekに象徴される低コスト・高効率モデル
これに対し、中国は「いまある計算資源をどこまで賢く使い切るか」という発想でAIを前進させています。その代表例がDeepSeekです。
田氏によれば、DeepSeek V3の学習コストは、米OpenAIのGPT-4の約10分の1に過ぎないとされます。さらに、AIの計算コストは今後1年ほどで、もう一桁下がるとの見通しも語りました。
この「効率ファースト」なアプローチには、次のようなねらいがあります。
- 高価な計算資源にアクセスできない企業や開発者でも、先端的なAIを使えるようにする
- 産業現場など、より広い分野でAIの実用化を一気に進める
- 限られた資源のなかで、持続的にAIの性能向上を図る
結果として、AIは一部の巨大企業だけでなく、多くの企業や組織が使う「日常のツール」に近づいていきます。
オープンソースがつくるAIの「フライホイール」
田氏がもう一つ強調するのが、オープンソースの重要性です。Grok 3は現時点でオープンソースではありませんが、DeepSeekは研究成果を公開し、商用利用もライセンス料なしで認めています。
この開かれた姿勢は、世界中の開発者を引きつけ、次のような「フライホイール効果」を生みます。
- 参加する開発者が増えるほど、モデルの改善サイクルが速くなる
- さまざまな企業が上にアプリケーションを構築し、商用利用が広がる
- その過程で新しい研究テーマやブレイクスルーが生まれる
田氏は、中国が強いAIエコシステムを築くには、こうしたオープンな協力を軸にしたコミュニティづくりが不可欠だと述べています。オープンソースの取り組みを通じて、多数の研究者と開発者が連携し、スケールの大きなイノベーションを起こしていく構想です。
AI×製造業: 中国が持つ「現場スケール」の強み
議論はソフトウェアやモデルだけにとどまりません。田氏は、とくに製造業との連携に、中国の大きな可能性があると見ています。
その例として挙げたのが、テスラのギガファクトリーです。テスラは巨大な工場を通じて膨大な実世界データを蓄積し、それをAI開発に生かしています。これはイーロン・マスク氏にとって、大きな優位性になっているといいます。
田氏によると、中国の産業構造は種類の多さとスケールの面で、米国よりはるかに大きいとされます。製造業の多様性は米国の100倍に達する可能性があり、規模も大きいという見方です。
そこにAIを組み込んでいくことで、次のような変化が期待されます。
- 工場やサプライチェーン全体での最適化や自動化の高度化
- 設備・人・データが一体となった「インテリジェント工場」の普及
- 実世界の膨大なデータをAIが学習し、より汎用的な知能へと進化していく土台づくり
田氏は「スケールなくしてインテリジェンスなし」と表現し、人工汎用知能(AGI)に近づくためには、大規模なデータと広い現場への導入が不可欠だと強調します。巨大な産業基盤を持つ中国は、その条件を備えつつあるとみられます。
二つの未来: ハイコスト高性能AIとマススケールAI
今後のAIは、田氏の見立てでは大きく二つの道を進む可能性があります。
1. ハイコスト・高性能モデル(米国中心)
- 莫大な投資と最新チップを前提に、トップレベルの性能を追求
- 航空宇宙、先端研究、金融など、ごく高度な用途を狙う
- 一部の企業や組織が主導する「エリートAI」としての性格が強い
2. 手頃で大規模に使えるAI(中国中心)
- 既存ハードウェアでも動かせるよう、高効率化とコスト削減を徹底
- 製造業をはじめとする幅広い産業に浸透し、日常的な道具として利用される
- 多くのユーザーと開発者を巻き込む「マスAI」としての性格を持つ
AIをめぐる「世界の物差し」の一つとして、すでにDeepSeekが定着しつつあると田氏はみています。米国と中国の主要モデルが、DeepSeekを意識して比較される場面も増えているといいます。
今後、無制限に近いリソースで性能を追い求める路線と、効率を極限まで高めて裾野を広げる路線のどちらがより持続的なのか。この問いは、2025年現在のAI競争を読み解く重要な視点の一つになりそうです。
日本と読者への問いかけ
今回の議論は、日本を含むアジアの国々にとっても示唆に富んでいます。限られた資源の中でAIをどう位置づけるかは、もはや一部のIT企業だけでなく、製造業やサービス業、行政を含む社会全体のテーマになりつつあります。
- 高性能を追うのか、それとも多くの現場で使える「ちょうど良いAI」を優先するのか
- 自前主義にこだわるのか、オープンソースコミュニティとどう付き合うのか
- AIを単なる「ツール」と見るのか、それとも産業構造を変える基盤ととらえるのか
中国と米国の対照的なアプローチは、こうした問いを私たちに突きつけています。ニュースとして追うだけでなく、自分の仕事や生活にとって、どのようなAIの未来が望ましいのか。一度立ち止まって考えてみるタイミングかもしれません。
Reference(s):
cgtn.com








