AIが世界の働き方を再構築 「知識経済」から「イノベーション経済」へ
AI技術が世界の労働市場と働き方を大きく変えつつあります。最近フランス・パリで開かれたAIアクション・サミットでは、中国の張国清氏が「包摂的なAI」と国際協力の重要性を強調しました。本記事では、そのビジョンとも響き合う専門家の議論をもとに、「知識経済」から「イノベーション経済」への転換と、そこで求められるスキルの変化を整理します。
「知識経済」から「イノベーション経済」へ
1990年代以降のコンピューターとインターネットの普及で、世界は「知識経済」の時代に入りました。プログラミングなどの技術力や専門知識といった知的能力が、仕事と経済成長の中心にあった時代です。
これに対し、AIの進化が押し出しつつある次のステージが「イノベーション経済」です。ここではテクノロジーそのものよりも、人間ならではの創造性や共感力、異なる文化をつなぐ力といった「人間のイノベーション」が、仕事と成長のエンジンになります。
専門家は、この人間のイノベーションを支えるスキルとして「5つのC」を挙げています。すなわち、創造性(Creativity)、好奇心(Curiosity)、勇気(Courage)、思いやり(Compassion)、コミュニケーション(Communication)です。これらは、現状を問い直し、新しいチームや企業、産業を生み出していくための基盤となります。AIはそれらを強化することはできても、置き換えることはできないとされています。
「ソフトスキル」が新しい「ハードスキル」に
これまで仕事の世界では、コンピューターサイエンスなどの理工系スキルが「ハードスキル」として重視され、その一方でコミュニケーション力や共感力は「ソフトスキル」として後回しにされがちでした。
しかし、AIやロボットが知的・肉体的な作業の多くを担うようになるにつれ、企業が求める中核スキルは大きく入れ替わろうとしています。専門家によれば、平均するとあらゆる職種で必要とされるスキルの最大70%が、2030年までに変わる可能性があるといいます。
そうなると、共感力、リーダーシップ、協働力といった「人間らしさ」に関わる能力こそが、新しい意味での「ハードスキル」になります。今後の雇用市場では、こうしたスキルの重要性と価値が一段と高まることが予想されます。まだ意識的に磨いてこなかった人にとって、今が取り組みを始める好機だといえます。
生成AIが「仕事での人間らしさ」を再定義
人類の仕事の歴史は、道具と技術の歴史でもあります。農業の時代には肉体労働、産業革命以降は工場での身体能力が重視されました。近年の「知識経済」では、情報処理能力や専門知識が価値の源泉でした。
ここ数年で急速に発展した生成AIは、その流れをさらに一段進めています。多くの人が「AIがこれほど多くのことをこなすようになった今、人間に何が残るのか」と不安を抱きましたが、専門家は「残るもの」ではなく「可能になるもの」を問うべきだと指摘します。
単純で退屈な作業から解放されることで、私たちはこれまで以上に、創造し、協働し、新しいものを生み出す仕事に時間を使えるようになります。AIを前にしたとき、恐れるのではなく「好奇心」を持ち、日々新しいことを学びながら変化に身を乗り出していく姿勢こそが、キャリアの強みになるというメッセージです。
採用とキャリアのルールもAIで変わる
労働市場はこれまでも、才能とチャンスをうまく結びつけられていない「非効率な仕組み」だと指摘されてきました。生まれた環境や家業によって仕事がほぼ決まってしまう時代も長く続きました。
近代になっても、学歴や有名企業での職歴といった「看板」が評価の中心にありました。しかし、仕事の中身がこれほど速く変化するようになると、過去の肩書きだけでは将来の活躍を測る指標として十分ではなくなりつつあります。
こうした中で、企業は「何を持っているか」ではなく「何ができるか」、つまりスキルそのものに注目し始めています。実際に、大手のビジネスSNSでは会員がプロフィールに追加するスキルの数が2022年比で約140%増加しているほか、米国の経営幹部の約60%が「4年制大学の学位とは別のかたちで人材を育成できる」と答えています。
AIは、この「スキル重視」の流れを加速させるツールにもなります。求職者の持つスキルと求人情報を自動的に照合する機能や、採用担当者の候補者選定を支援するアシスタント機能などによって、スキルにもとづくマッチングを大規模に行うことが現実味を帯びてきました。これにより、これまで見落とされていた人材に新しい機会が開かれる可能性があります。
AIがイノベーションを「民主化」する
AIは多くのことが得意ですが、専門家が最も大きなインパクトを見込むのは、「良いアイデアを持つ人が、それを形にしやすくなる」という点です。
AIは、企画を一緒に練る相棒であり、共同創業者であり、プログラマーであり、編集者にもなり得ます。新しいプロジェクトや製品をつくる際に、これまで必要だった大きな初期投資や専門チームを、AIツールが一部代替してくれるからです。その結果、起業や新規事業に挑戦するハードルは過去になく下がりつつあります。
例えば、ブラジルの起業家が完全なエンジニアチームを持たなくても、気候変動対策の技術を試作できるかもしれません。インドの農村部の教師が、コードを書くことなく教育プラットフォームを立ち上げられるかもしれません。ナイジェリアの研究者が、十分な設備のない研究室でも高度な実験をシミュレーションできるかもしれません。
こうした変化は、世界中のより多くの人がイノベーションに参加できる「民主化」を意味します。AIを中心に据えて新しいビジネスをつくる企業が次々に現れる一方で、リスクを避け続ける企業は、気づかないうちに新興勢力にビジネスを揺さぶられる危険も指摘されています。
取り残されないために、個人と企業ができること
個人にとって重要なのは、「AIに仕事を奪われるのではないか」と恐れることではなく、「AIとともにどのような仕事ができるか」を考えることだといえます。創造性や好奇心、勇気、思いやり、コミュニケーションといった5つのCを意識しながら、日々少しずつ新しいスキルを身につけていくことが、キャリアのレジリエンス(しなやかな強さ)につながります。
企業にとっては、AIの活用に慎重になりすぎること自体が最大のリスクになり得ます。同規模の競合他社だけでなく、最初からAIを前提に設計された新興企業が市場に参入してくる可能性が高いからです。実験的にでもAIを業務に取り入れ、社員が新しいスキルを試し、育てられる環境を整えられるかどうかが、生き残りの分かれ目になるでしょう。
包摂的なAIと持続可能な成長に向けて
パリのAIアクション・サミットで、中国の張国清氏は、AIを「包摂的」に進め、国際社会と協力していく姿勢を強調しました。本記事で見てきた「イノベーション経済」や「イノベーションの民主化」という視点は、まさにそのビジョンと重なるものです。
AIを通じて、出身地や学歴に関わらず、より多くの人が新しい仕事や事業に挑戦できるようになれば、成長の果実を広く分かち合える可能性が高まります。中国を含む各国・地域が協調しながらAIのルールや活用方法を整えていくことは、持続可能で包摂的な成長への一つの道筋といえるでしょう。
日本やアジアで働く私たちにとっての問いは、「AIがもたらす変化を、誰にとってもチャンスとなるような形で設計できるかどうか」です。知識経済からイノベーション経済への移行はすでに始まっています。その波を受け身で眺めるのか、自ら学び、試し、かかわり方をデザインしていくのかが、これからの10年を左右していきます。
Reference(s):
cgtn.com








