世界一堅固と称された居庸関 万里の長城が守った北京の北の玄関
中国・北京北部にある万里の長城の一部「居庸関」は、山海関や嘉峪関と並ぶ三大関所の一つとされ、「世界で最も堅固な関所」とも呼ばれてきました。北京への北側からの出入口を押さえる要衝として、長い歴史の中で重要な役割を担ってきた点が特徴です。
居庸関とは何か 万里の長城を代表する三大関所の一つ
居庸関は、万里の長城の居庸関区間に位置する関所で、この区間自体も「居庸関」と呼ばれています。山海関、嘉峪関とともに、万里の長城を代表する三大関所の一つとして数えられてきました。
地理的には、北京市中心部から北へおよそ60キロの場所にあり、首都へと向かう北側の玄関口にあたります。この位置取りこそが、のちに「世界一の難攻不落」とまで言われる理由につながりました。
なぜ「世界一の難攻不落」と呼ばれたのか
居庸関が「世界で最も堅固な関所」と称される背景には、軍事的な要衝としての性格があります。古代から、北京へ北側から向かう際の直接的な出入口にあたる地点に築かれていたためです。
首都へ直結する北側ルートを押さえることで、防衛側は外部勢力の進入を効率的に監視・防御できました。攻める側にとっては、ここを突破できるかどうかが北京に迫れるかどうかの分かれ目となり、その意味でも居庸関は極めて重い戦略的意味を持っていたといえます。
明代に整えられた現在の居庸関の姿
現在の居庸関の構造は、明代にあたる1368年から1644年の間に整えられたものが基盤となっています。この時期に本格的な築造が行われ、その後も複数回の改修や再建を経て、姿を変えながら受け継がれてきました。
長い年月の中での再建や補強は、居庸関が一時的な防衛施設ではなく、持続的に首都防衛を担う拠点として重視され続けてきたことを物語っています。
円形に囲まれた独特の構造
居庸関の大きな特徴として挙げられるのが、その構造が円形に近い形で囲まれた、閉じた造りになっている点です。一般的な直線状の城壁とは異なり、全体として輪を描くような構成が採用されています。
このような「円形で囲まれた」構造は、内部を守りやすくする効果があると考えられます。方向を問わず外部からの接近を意識した構造であることは、居庸関が一方向だけでなく、複数の方向からの脅威に備えた防衛拠点であった可能性を示唆しています。
北京を守る「北の玄関口」としての意味
万里の長城の中でも、居庸関は単なる城壁の一部ではなく、首都北京を守るための「北の玄関口」として位置づけられてきました。北方からの勢力に対して、ここを抑えることは首都防衛と直結していたからです。
三大関所の一つであること、北京へ直結する重要なルート上にあること、明代以降も何度も再建されてきたことなどを合わせて見ると、居庸関が中国の歴史や防衛のあり方を考えるうえで重要な場所であることが浮かび上がります。
居庸関から見える歴史と地政学
万里の長城や居庸関は、中国の歴史を象徴する存在として語られることが多いですが、その背景には地理と安全保障が密接に結びついている現実があります。北京という政治の中心を守るために、どこを防衛ラインとするのか──居庸関の位置と構造は、その問いへの一つの答えでした。
2025年の今、私たちはこのような歴史的な関所を通じて、単なる観光名所としてではなく、かつての人々がどのように空間を管理し、都を守ろうとしたのかを想像することができます。居庸関は、万里の長城の一部でありながら、首都防衛という具体的な役割を帯びた「世界一堅固と称された関所」として、今も多くの示唆を与えてくれる存在です。
ポイントで振り返る居庸関
- 万里の長城を代表する三大関所の一つ(山海関・嘉峪関・居庸関)
- 北京市中心部から北へ約60キロに位置し、北京への北からの直接ルートを押さえる要衝
- 「世界で最も堅固な関所」と称されてきた歴史を持つ
- 現在の構造は主に明代(1368〜1644年)に築かれ、その後も複数回の再建を経験
- 円形に囲まれた閉じた構造という独特の造りが、防衛拠点としての性格を際立たせている
こうした特徴を踏まえると、居庸関は万里の長城の一部であると同時に、北京とその周辺の歴史、安全保障、そして地理的な条件が凝縮された場所であることがわかります。国際ニュースや現代の安全保障を考えるときにも、こうした歴史的な拠点に目を向けてみることは、新たな視点を与えてくれます。
Reference(s):
cgtn.com








