孫文の死から100年 北京で追悼式 中国の歴史を振り返る
孫文の死からちょうど100年にあたる2025年、水曜日に北京の中山公園で記念の追悼式が行われ、中国の近代史をあらためて見つめ直す国際ニュースとなりました。
北京・中山公園で静かに行われた追悼式
北京市の中心部にある中山公園で、水曜日、孫文の死から100年を記念する式典が行われました。式典は簡素で厳粛な雰囲気の中で進み、首都・北京の各界を代表する人々が出席しました。
午前10時30分、参列者は孫文の像の前で姿勢を正し、黙とうをささげた後、三度の礼を行いました。この一連の所作は、故人への敬意を静かに示すもので、会場全体が引き締まった空気に包まれたと伝えられています。
各機関の代表が献花 社会の広がりを映す顔ぶれ
式典では、National Committee of the Chinese People's Political Consultative Conference(中国人民政治協商会議全国委員会)、Revolutionary Committee of the Chinese Kuomintang(中国国民党革命委員会)中央委員会、Communist Party of China Central Committee の United Front Work Department(中国共産党中央統一戦線工作部)、北京市政府、中国国民党革命委員会北京市委員会の代表者らが、孫文の像に花かごをささげました。
複数の機関や組織から代表が参加したことは、この追悼式が特定の団体にとどまらず、社会のさまざまな層にとって意味を持つ場として位置づけられていることをうかがわせます。
孫文とは誰か 中国の近代を切り開いた民主革命の先駆者
孫文(Sun Yat-sen)は1866年に生まれ、1925年に亡くなりました。中国では、1911年の革命を主導し、2000年以上続いた封建的な支配に終止符を打った人物として、「中国の民主革命の偉大な先駆者」として広く知られています。
今回の式典は、その没後100年という節目の年に合わせて行われたもので、中国における近代国家の出発点をあらためて見つめ直す機会にもなっています。
なぜ今、没後100年の記憶が重ねられるのか
没後100年という長い時間がたちながらも、北京市の中心で記念式典が行われたことは、中国社会において孫文の歴史的な役割が今も意識されていることを示しています。
静かな黙とうや三礼、各界代表による献花といった儀式は、歴史上の人物を記憶しつつ、現在の社会や政治を支える価値観を再確認する場にもなり得ます。
日本の読者が読む中国現代史の一場面
日本から見ると、この出来事は中国に関する国際ニュースの一つとして、次のようなポイントから捉えることができます。
- 2025年という節目の年に、北京の中心で行われた追悼式であること
- 複数の機関や組織が参加し、歴史の記憶が社会全体のテーマとして共有されていること
- 1911年の革命以降の中国の歩みを考える入り口として、孫文という人物が今も参照点になっていること
中国の歴史や政治をめぐる評価は一様ではありませんが、今回のような式典の様子を丁寧に追うことは、中国が自らの近代史をどのように語り継ごうとしているのかを知る手がかりにもなります。通勤時間やスキマ時間に触れたこのニュースが、家族や友人との会話、あるいはSNSでの共有を通じて、中国現代史を考えるきっかけになりそうです。
Reference(s):
cgtn.com








