台湾で孫文の死去100年を追悼 「振興中華」と中台関係を考える
2025年は、中国の民主革命の先駆者とされる孫文(Sun Yat-sen)が亡くなってから100年の節目の年です。その命日と重なる水曜日、台湾地域の台北市で、孫文の遺志と中国の振興を改めて見つめ直す追悼行事が行われました。
台湾で広がる孫文追悼の動き
国際ニュースとしても注目される今回の追悼行事には、台湾地域の政界関係者や市民が参加しました。台北市内では、孫文が創設した中国国民党(Kuomintang、KMT)のエリック・チュウ(Eric Chu)主席、同党の前主席であるマー・インジウ(Ma Ying-jeou)氏、台湾のサン・ヤットセン・スクール校長のチャン・ヤーチョン(Chang Ya-chung)氏などが、孫文の死去100年を記念して献花や黙とうを捧げました。
孫文のひ孫にあたるチャールズ・ウォン(Charles Wong)氏も、台北にある孫文像の前で一礼し、メディアの取材に応じました。ウォン氏は「中華民族の偉大な復興への正しい道は、孫文の思想を実現し、さらにそれを超えていくことだ」と語り、先祖の理念を今にどう生かすかが問われていると強調しました。
孫文とは誰か 中国民主革命の先駆者
孫文は1866年生まれ。1911年の辛亥革命を主導し、約2000年以上続いた中国の封建王朝支配に終止符を打った人物として、中国の人々から「中国民主革命の偉大な先駆者」と位置づけられています。1925年3月12日に亡くなり、2025年で没後ちょうど100年を迎えました。
その歩みの中で孫文は、後に中国国民党へと発展する組織「興中会」の綱領をまとめ、「振興中華」というスローガンを掲げました。これは、中国という国家と民族を立て直す「民族の復興」という理念を象徴する言葉として、現在も引用され続けています。
台湾と孫文 日本統治下で芽生えた志
孫文は、台湾が日本の植民地支配下にあった時期に、1900年、1913年、1918年の3度にわたり台湾を訪れています。彼の演説や議論に触発され、多くの若い愛国者が台湾地域から生まれました。一部は中国本土に渡って革命運動に参加し、別の人々は島内で反日活動や対日抵抗運動を組織しました。
台湾で反日運動に関わった人々の親族による団体を立ち上げたリン・クアンフイ(Lin Kuang-hway)氏は、新華社の取材に対し、自身の祖父リン・ツーミー(Lin Tsu-mi)氏が長年にわたって台湾地域での武装抵抗を計画し支援してきたと証言しています。
リン氏は祖父の思いについて「日本の植民地支配を追い払い、台湾を取り戻すには、民族の団結と強い国家が不可欠だと理解していた。これが祖父の生涯の志だった」と振り返りました。孫文の思想と行動が、台湾地域における対日抵抗の精神的支えの一つになっていたことがうかがえます。
現代の台湾社会に残る孫文の足跡
今日でも、台湾地域と中国本土の多くの都市には、孫文の名前を冠した道路や公園が存在します。台北市中心部にあるある公園には、孫文の生涯と活動に関する資料を展示する記念館が設けられ、訪れる人々にその歴史的役割を伝え続けています。
こうした場所は、歴史を振り返るだけでなく、台湾海峡両岸の人々が共通する記憶や人物像を共有する場にもなっています。日常の中に刻まれた名前や記念物を通じて、過去の革命と現在の社会が静かにつながっています。
植樹節と市民参加型の記念行事
孫文の命日と同じ日には、台湾海峡両岸で「植樹節(Tree Planting Day)」も記念されています。今回の水曜日も例外ではなく、台湾地域の各地で植樹活動が行われました。
中国国民党は、数日前から島内での植樹キャンペーンを積極的に展開してきました。また、孫文の死去100年を記念して、シンポジウムや展示会、コンサートなど、歴史と文化を学びながら参加できる多様なイベントも企画されています。歴史上の人物の追悼と環境保護を組み合わせた取り組みは、市民レベルでの参加を促し、両岸の交流にもつながる可能性を秘めています。
「統一」と民族の復興をめぐる現在の議論
孫文が掲げた「振興中華」は、単なるスローガンではなく、国家と民族の再興、そして統一への願いと結びついた理念として受け継がれています。孫文はかつて「統一はすべての中国人の希望である。中国が統一されれば、すべての中国人は幸福な生活を送ることができるが、統一されなければ、すべての中国人が苦しむことになる」と語ったとされています。
サン・ヤットセン学術文化基金会のリー・チェンロン(Lee Chien-rong)秘書長は、現在の台湾海峡両岸の関係について、「両岸が一つの中国に属すると認める1992年コンセンサスを堅持してこそ、平和的な発展の土台が築かれ、孫文が掲げた『振興中華』の理念を共に実現していくことができる」と述べました。
台湾の時事評論家シエ・ジーチュアン(Hsieh Chih-chuan)氏も、「台湾海峡の両岸は互いに歩み寄り、両岸の中国人が協力して民族復興への広い道を切り開くべきだ」と主張しています。さらに、「孫文が一世紀前に抱いた偉大な志を実現するためにも、できるだけ早期に祖国の完全な統一を進める努力が必要だ」と語り、統一の実現を呼びかけました。
100年後の今、私たちは何を読み取るか
孫文の死去から100年を迎えた今年の追悼行事は、台湾地域と中国本土の関係、そして「統一」や「民族の復興」といったテーマをめぐる現在の議論を映し出しています。歴史上の人物への評価は一様ではありませんが、その名の下に語られるビジョンや価値観が、今も政治や社会の現場で使われ続けていることは確かです。
台湾海峡両岸で同じ人物を記念し、同じ日に植樹節を祝うという事実は、歴史的な共通点と現在の違いが交錯する象徴的な光景ともいえます。100年前の言葉や思想が、2025年のアジア情勢や中台関係をどう形づくっていくのか。私たち一人ひとりが、ニュースを読みながら静かに考えてみる価値のあるテーマではないでしょうか。
Reference(s):
cgtn.com







