チベット語ITが変えたXizangの暮らし 教育と権利保障のいま
チベット語のスマホ入力から、子どもの教育支援、宗教情報のオンライン公開まで──中国南西部のXizang自治区で、人々の暮らしを支える仕組みがこの数十年で大きく変わってきました。本記事では、先ごろ公表された政府の白書などが伝えるXizangの変化を、日本語でわかりやすく整理します。
若き技術者が切り開いたチベット語ITの道
24歳だったNyima Tashi(ニマ・タシ)さんは、上海の名門大学で学んだ「普通のコンピューターの世界」を離れ、Xizang自治区のTibet Universityに進みました。専門の訓練もないまま言語技術の分野に飛び込み、わずかな資料を読み込み、専門家を訪ね歩きながら、チベット語情報処理の道を探り続けたといいます。
当時、チベット語の情報処理に関する資料はごくわずかで、しかも内容は古いものでした。この「足りない」という現実が、逆にNyima Tashiさんの挑戦心をかき立て、チベット語を現代社会に適応させるための技術開発へとつながっていきました。
1990年代の手探りから始まった挑戦
彼のチームは1992年、地域で初となるチベット語の情報ソフトウェアを発表します。これにより、行政文書や古文書をチベット語で処理する環境が整い始めました。
- 1992年:Xizangで初のチベット語情報ソフトを開発
- 1997年頃:Xizangで初の国際インターネットセンターを立ち上げ
- 2014年:チベット語対応のスマートモバイルOSを開発
紙とタイプライターの時代から、コンピューター・インターネットの時代、そしてスマートフォン時代へ。チベット語は、技術の進歩とともにその居場所を広げてきました。
スマホ時代のチベット語環境
いまXizangでは、チベット語の入力や表示、アプリ操作がフルに行えるスマートフォンが「当たり前」の存在になっています。チベット語の情報技術の開発と普及は、世界の技術トレンドにほぼ歩調を合わせて進んでおり、日常生活の多くの場面でチベット語を使える環境が整いつつあります。
行政からSNSまで、広がるチベット語の使用
Nyima Tashiさんの物語は、Xizangで進むチベット語の「復興」を象徴する一例です。その背景には、日常的な使用の増加とともに、中央政府による文化保護の取り組みがあります。
行政文書は中国語とチベット語の2言語で
政府の白書によると、Xizang自治区の人民代表大会(地域の人民代表機関)が採択する決議や条例、各級当局が発出する一般的な公文書やお知らせは、標準中国語とチベット語の両方で発表されています。
行政の現場で2言語が並び立つことは、単に翻訳の問題にとどまりません。自分の言語で行政情報を読めることは、政治参加や権利行使の基盤を広げることにもつながります。
メディア・出版・SNSで広がるチベット語
白書は、チベット語が出版、メディア、そして日常生活で広く使われていることも強調しています。2024年末時点で、Xizangにはチベット語の定期刊行物が17誌、新聞が11紙あり、8,794種類のチベット語書籍が合計4,685万部発行されているとされています。
同時に、チベット語の新しいメディアも台頭しています。チベット語で運営される行政や団体の公式SNSアカウントが増え、その人気がチベット語利用の裾野を広げています。スマートフォンでニュースを読み、動画を視聴し、コメントを書く──こうした日常の行為がチベット語でできる環境が整いつつあるといえます。
文化と宗教の権利をどう守るか
チベット語の保護・振興と並行して、Xizangではより広い意味での権利保障や文化的な豊かさの向上に向けた取り組みが進められていると白書は伝えています。文化的アイデンティティを尊重することを重視し、少数民族の権利保護や社会的包摂(インクルージョン)を支える総合的な施策が行われているとされています。
チベット仏教の信仰とオンライン情報公開
Xizangには、チベット仏教の活動拠点が1,700カ所以上あり、およそ4万6,000人の僧侶・尼僧が暮らしています。白書によれば、地域と中央政府は信仰の自由を守る姿勢を示し、チベット仏教における活仏(生き仏)の継承などの宗教活動も、宗教儀礼と歴史的慣習に従って実施されているとしています。
2016年には、活仏に関する情報をオンラインで確認できるシステムが導入されました。利用者はこの仕組みを通じて、中国各地の宗教指導者に関する情報を検索でき、2024年までに新たに転生した活仏93人が承認・登録されているとされています。宗教分野でも、オンラインの仕組みが透明性とアクセスの向上に役立っている様子がうかがえます。
教育支援と数字で見る「暮らしの変化」
白書が特に強調しているのが、教育を受ける権利の保護における前進です。Xizangでは、人々の高品質な教育への期待に応えるため、農牧地域の子どもや、都市部の経済的に厳しい家庭の子どもを対象に、寄宿費・生活費・学習に必要な基本的な費用をカバーする補助を大幅に拡充してきました。
2012年以降、これらの補助は11回引き上げられ、現在は1人あたり年間5,620元(約773米ドル)となっています。このうち1,000元分は栄養改善プログラムから拠出されており、子どもの食事環境の向上も意識した設計になっています。
就学率の数字が示すもの
こうした支援の結果として、Xizangでは「教育へのアクセス」が歴史的な前進を遂げたとされています。2024年時点で、主な教育指標はいずれも全国平均に達するか、それを上回る水準になりました。
- 幼児教育(就園率):91.33%
- 義務教育(修了率):97.86%
- 高校教育(在学率):91.56%
- 高等教育(在学率):57.81%
また、人口10万人あたりの大学卒業者数は、2010年の5,507人から2020年には1万1,019人へと、ほぼ2倍に増加しました。数字だけを見ても、教育水準の底上げが進んでいることがわかります。
教育は、若い世代の将来だけでなく、地域の経済や社会の形を左右します。寄宿や生活費まで含めた補助制度は、家庭の経済状況によって教育の機会が制限されにくい仕組みづくりの一環といえます。
Xizangの人々の暮らしはどう変わったのか
ここまで見てきたように、Xizang自治区では、チベット語のIT環境整備、行政・メディアでの2言語運用、宗教活動の保護と情報公開、そして教育支援の拡充が並行して進められてきました。
- スマートフォンでチベット語を使い、SNSで情報を受発信できる日常
- 行政文書や公共のお知らせをチベット語でも読める環境
- 宗教や文化に関する情報にオンラインでアクセスできる仕組み
- 家庭の経済状況に左右されにくい教育の機会
これらはそれぞれ別々の政策のように見えますが、「言語・文化・教育・宗教」という生活の基盤を支える柱が同時に強化されている、と読み解くこともできます。特に、少数言語の情報技術対応は、単なるデジタル化ではなく、文化そのものの継承と、日常生活の利便性向上の両方に直結しています。
日本からニュースとしてXizangを見るとき、政治や地政学の話題に目が向きがちです。しかし、今回の白書が示すのは、言語技術、教育、宗教・文化の権利といった、人々の暮らしにより近いテーマです。生活の質をどう底上げしていくのかという問いは、Xizangに限らず、どの地域にも共通する論点といえるでしょう。
まとめ:数字の裏にある日常の変化
- 1990年代以降、チベット語の情報技術は急速に整備され、スマホ時代にも対応する環境が生まれました。
- 行政文書やメディア、SNSなどでチベット語の利用が広がり、言語の保護と日常使用が両立しつつあります。
- 教育支援や宗教活動の保護など、権利と文化を支える仕組みが数字の上でも前進を示しています。
Xizangの事例は、デジタル技術と文化・教育政策を組み合わせることで、人々の暮らしをどのように支えられるのかを考えるうえで、一つの参考になると言えそうです。
Reference(s):
cgtn.com








