AI for Scienceが科学をどう変えるか 2025 Zhongguancun Forum報告
AI for Scienceが問い直す「科学のつくり方」
2025年に開かれた「2025 Zhongguancun Forum」では、世界100以上の国・地域から約1000人の登壇者が集まり、AIモデル、エンボディド・インテリジェンス(身体性を持つAI)、量子計算といったフロンティア技術が議論されました。その中で浮かび上がったのが、「AIは科学の道具を大きく変えた一方で、発見のプロセス自体は依然として人間に依存している」というパラドックスです。
「科学専用LLMはまだない」E Weinan氏の問題提起
Chinese Academy of Sciencesのメンバーで、Peking UniversityとPrinceton Universityの両方で教授を務めるE Weinan氏は、「AI for Science」セッションの基調講演でこの課題を整理しました。
E氏は満席となったセッションで、科学のための本格的な大規模言語モデル(LLM)はまだ存在していないと指摘しました。そのうえで「データ、計算資源、人材を統合した『包括的なリソース』を最大限に活用する時代に入っている」と述べ、科学研究の仕組みそのものを見直す必要性を強調しました。
興味深いのは、「AI for Science」という言葉自体に中国語の明確な対応語がまだないことです。E氏の報告によれば、中国では2017年の時点でこの分野の戦略が打ち出されていたにもかかわらず、概念としてはなお形成途上にあります。
変革は道具から「システム」へ まだ「DeepSeekの瞬間」は来ていない
「AI for Science」という言葉自体は決して新語ではありません。新しいLLMの登場を背景に、科学に変革をもたらす可能性を語る専門家が増える一方で、「まだ『DeepSeekの瞬間』とも呼べるような決定的なブレイクスルーには達していない」という見方も共有されています。
Shanghai Artificial Intelligence Laboratoryの所長であるZhou Bowen氏は、現在のLLMが研究ツールや研究対象、研究プロセスそのものを大きく変えつつあると評価しつつも、本当の意味での科学革命には「エンド・ツー・エンドの強化」が必要だと語りました。
つまり、論文検索や仮説生成といった一部の作業だけでなく、実験設計、データ取得、解析、フィードバックまでを一体のシステムとして最適化しなければ、科学の生産性は根本からは変わらないという問題意識です。
分野横断実験の自動化へ 企業と研究者の連携
フォーラムでは、アカデミアとエンジニア、企業が連携する具体例も紹介されました。DP Technologyの創業者兼チーフサイエンティストであるZhang Linfeng氏は、分野横断的な実験を自動化する新しいプラットフォームを披露しました。
北京に本社を置くDP Technologyは、「Bohrium Scientific Computing Space Station」や「Science Navigator」といったAIを活用したプラットフォームを通じて、基礎研究と産業応用の橋渡しを目指しています。薬剤探索、材料科学、エネルギー技術などの分野で、物理モデルと高性能計算を組み合わせ、研究開発の効率向上を図っているとしています。
Zhang氏はインタビューで、今回のAI for Scienceの波は研究開発能力をシステマティックに増強するものだと述べました。医薬、材料、化学、プロセス工学といった領域でのボトルネックを取り除き、薬や先端材料を大規模かつ目的志向で生産できるようになるとの期待を示しました。
データインフラは整備進む一方、AI活用には課題も
今回のセッションでは、China Institute of Science and Technology Information(CISTI)が作成した「China's AI for Science Innovation Map」の最新版(2025年3月版)も発表されました。
報告書は、中国の豊富な科学データ資源と、データ基盤整備への継続的な取り組みを強調します。国内では、国家レベルの科学データセンターが20カ所稼働しているとされています。
一方で、AIを本格的に活用するうえでの課題も指摘されています。具体的には、データ取得コストの高さ、工学分野での形式の不統一、機微な利用シナリオにおけるデータの扱いに関する制約などが挙げられました。
中国と米国が共同研究を主導 重点は生命・地球・材料科学
同報告書によると、AI for Science分野の共著論文数と被引用数では、中国と米国が世界をリードしており、互いに最も重要な協力相手となっています。
特に、生命科学、地球科学、材料科学の3分野では、国際的な協力が最も活発であることが示されました。報告書は、今後もこれらの分野での共同研究を優先するべきだと提言しています。
日本の研究者・読者への問い:「ツール」から「システム」へ
今回の2025 Zhongguancun Forumでの議論は、日本を含む他の国や地域の研究コミュニティにとっても示唆に富んでいます。LLMや自動化プラットフォームという「道具」を導入するだけでなく、データ基盤、人材育成、産学連携を含めた「システム全体」をどう設計し直すかが問われているからです。
通勤時間やスキマ時間にニュースを追う私たち一人ひとりにとっても、「AIは自分の仕事や学びのどの部分を置き換え、どの部分を補強するのか」という視点は共有できます。科学の最前線で起きていることは、数年後にはビジネスや日常に跳ね返ってくる可能性があります。
AI for Scienceの動きは、単に「AIがすごい」という話ではなく、「知をどうつくり直すか」という長期的な問いでもあります。中国と米国が先行するこの分野で、各国がどのように協力と競争を組み合わせていくのか。今後の国際ニュースとしても、注視していく価値がありそうです。
Reference(s):
AI for Science: Bridging the gap between tools and systemic innovation
cgtn.com








