科学リテラシーは「インフォラス」へのワクチンに 北京・中関村フォーラム2025 video poster
科学リテラシーは「インフォラス」へのワクチンに 北京・中関村フォーラム2025
新型コロナ禍で拡大したインフォデミックをどう防ぐか――中国疾病予防管理センター(China CDC)の元トップで科学者の高福(ガオ・フー)氏は、2025年に北京で開かれた中関村フォーラムで、誤情報を「インフォラス」と名付け、その広がりを抑える鍵は「科学リテラシー」、すなわち市民の科学的なものの見方だと訴えました。
コロナ禍で突きつけられた問い「科学雑誌は必要か」
「21世紀に科学雑誌はまだ必要なのか」。高氏は、新型コロナの流行を通じてこの問いに悩まされ続けたと振り返ります。現在、高氏は中国語の『Chinese Science Bulletin』と英語の『Science Bulletin』の編集長を務めており、今回の中関村フォーラムでは国際科学ジャーナルをテーマにしたパネルで基調講演を行いました。
高氏が示したのは、科学と情報の脆さを象徴するエピソードです。米国疾病予防管理センター(CDC)が、トランプ政権時代の大統領令を理由に、鳥インフルエンザのデータを公的なプラットフォームから突然削除した事例を挙げ、「科学の声は簡単に封じられうる」と指摘しました。
一方で、査読前の論文を公開するプレプリントサーバーには、「新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)にはHIVのような配列が含まれている」といった主張が次々と投稿されました。わずか3~5個のアミノ酸配列が似ているというだけで、過度な結論が広がってしまったのです。
「これは科学ではなく、インフォデミック(情報の感染症)にすぎない」と高氏は強調します。
インフォラスとは何か 情報も変異する「ウイルス」
高氏が提唱する「インフォラス(inforus)」は、誤情報や偽情報をウイルスのような存在としてとらえる概念です。2022年にこの言葉を導入し、社会に広がる誤情報を体系的に研究し、世界全体で対策を講じる必要性を訴えてきました。
インフォラスは、次のような特徴を持つと高氏は説明します。
- 人から人へと感染するように、SNSや口コミを通じて急速に広がる
- 伝わる過程で内容が変異し、尾ひれがついたり、事実と虚構が混ざり合う
- 社会に不信や差別、パニックなどの具体的な被害をもたらす
高氏はインタビューの中で、「世界の公衆衛生を語るとき、パンデミックのような事態では、常に二つのウイルスを意識しなければならない。一つは生物学的なウイルス、もう一つがインフォラスだ」と述べています。
科学雑誌はプロ同士の対話の場
では、インフォラスに対抗するうえで、科学雑誌はどんな役割を果たせるのでしょうか。
高氏は、「科学雑誌は一般向けのメディアではない。科学雑誌は、専門家が自らの研究成果や考え、仮説を共有するための場だ」と位置づけます。そのうえで、厳格な査読を経た論文を通じて、事実と仮説を整理し、誤情報をふるい落とす「真実のフィルター」としての役割を強調しました。
公衆衛生や感染症対策においては、国や地域の枠を越えたデータ共有と政策協調が不可欠です。高氏は、あらゆる側面での情報共有と連携が進むほど、世界全体の健康を守る取り組みが強化されると訴えました。
こうした問題意識から、高氏は国際学術誌『Protein & Cell』、『China CDC Weekly』、『hLife』の3誌を立ち上げました。これらのジャーナルは、中国が単なる研究成果の「提供者」から、科学的な議論を牽引する「発信者」へと役割を広げている象徴だとされています。
「今、私たちは正しい位置にいる。だからこそ自分たちの科学雑誌が必要だ。中国の科学雑誌はブームの中にある」と高氏は語りました。
中国の科学ジャーナル、量と質で存在感
中関村フォーラムのパネルで挨拶した北京市委員会教育工作委員会の余英傑(ユー・インジエ)氏によれば、2024年時点で北京には292誌の英語の科学技術系ジャーナルがあり、中国全土の54パーセントを占めています。
また、中国科学技術情報研究所(Institute of Scientific and Technical Information of China=ISTIC)が公表した「中国科学技術論文統計報告」によると、中国は2024年も、影響力の高い主要ジャーナル論文や高品質な国際ジャーナル論文、その被引用数において、世界のトップクラスの地位を維持したとされています。
学術出版社エルゼビアのアジア太平洋地域における学術連携担当副社長アンデルス・カールソン氏も、「中国はすでに、世界で最も多くのジャーナルを刊行してきた米国を上回る数のジャーナルを発行している」と指摘し、中国とのパートナーシップを非常に重視していると述べました。
量と質の両面で存在感を増す中国発の科学ジャーナルは、国際ニュースとして見ても、世界の科学コミュニケーションの重心が変化しつつあることを示しています。
科学リテラシーという「ワクチン」をどう打つか
では、日々スマートフォンでニュースに触れる私たちは、インフォラスにどう向き合えばよいのでしょうか。
高氏は、その最善の方法は「科学の本を読むこと」だと言います。科学に関する基本的な考え方や、研究がどのように進められ、どこに不確実性があるのかを理解することが、「情報のワクチン」になるという発想です。
高氏自身、この6年間で年間2~3冊のペースで一般向けの科学書を書き続けてきました。専門家と市民のあいだに横たわる溝を少しでも埋めたいという思いからです。
一方で、人間は進化の過程で、「驚きのある話」「怖い話」をつい他人に伝えたくなる傾向を持っていると高氏は指摘します。そのため、デマや噂を完全に封じ込めることは難しく、国境を越えた協力が欠かせません。
だからこそ高氏は、「真のグローバル化(real globalization)、真の国際的相互依存(real international dependency)、そして真に正確な情報(real information)を、ともに追求していこう」と呼びかけています。
日常でできる3つの心構え
インフォラスに過剰におびえる必要はありませんが、次のような心構えを持つことで、自分自身と周囲の人を守ることができます。
- センセーショナルな情報ほど、すぐには拡散せず、一度立ち止まって出典を確認する
- 研究論文や公的機関の発表、専門家による解説など、一次情報や信頼できる情報源にあたる習慣を持つ
- 科学に関する入門書や解説記事を継続的に読み、少しずつ科学リテラシーを高めていく
高氏が語る「インフォラス」と「科学リテラシー」の議論は、遠い国の専門家だけのものではありません。情報があふれる2025年の今、ニュースをどう読み、何を信じるのかという日々の小さな選択の積み重ねが、社会全体の免疫力を左右しているのかもしれません。
Reference(s):
Gao Fu: Science literacy a vaccination against the 'inforus'
cgtn.com








