宋代の詩人・蘇軾「Begonia」:ろうそくと花が照らす一夜のことば
ろうそくの灯と花びらだけが浮かび上がる静かな夜。この短い詩句は、忙しい私たちの時間感覚にそっとブレーキをかけてくれるような、中国古典詩の一場面です。
宋代の詩人・蘇軾が描いた「ろうそくと花」の夜
1037〜1101年に生きた蘇軾が、宋代に書いた詩「Begonia(ベゴニア)」からの一節とされています。紹介されている英語の詩句は次のとおりです。
"The eastern breeze stirs a luminous glow, fragrant mist and moonlight gently flow. I fear the night may steal her bloom away, so I burn tall candles to keep her stay."
東から吹く風が明るい光を揺らし、香りを含んだ薄い霧と月光が静かに流れていく。その中で、詩人は「夜のあいだに花の美しさが奪われてしまうのではないか」と恐れ、高く長いろうそくを灯して、少しでも長くその美しさを引き止めようとしています。
何かが消えてしまう前の、ぎりぎりの時間に寄り添うまなざしが、この短いことばの中に込められています。
英語で読む詩句のキーワード
この詩句には、夜の光景と心の動きを象徴するいくつかのキーワードがちりばめられています。スマートフォンの画面越しではなく、頭の中に情景を浮かべて読んでみると、その輪郭がはっきりしてきます。
東からの風が運ぶ光と香り
前半では「The eastern breeze stirs a luminous glow, fragrant mist and moonlight gently flow」と、東風(とうふう)が柔らかな光を揺らし、香り立つ霧と月光が流れる様子が描かれています。
ここでは、風・光・香りといった目に見えにくいものが主役です。花そのものよりも、その周りの空気感がていねいに描かれていることで、読者は「場の雰囲気」を先に感じ取ることになります。現代で言えば、写真ではなく「空気感」だけがシェアされてくるような、不思議な感覚です。
「夜が花を奪う」ことへの不安
続く「I fear the night may steal her bloom away」という一行には、夜に対するささやかな不安がにじみます。夜は本来、静けさや安らぎの象徴でもありますが、ここでは「美しさを奪う存在」として描かれています。
この「her bloom(彼女の花開き)」は、文字どおりの花の姿であると同時に、若さやひとときの笑顔、あるいは大切な人との時間など、さまざまな「今しかないもの」に重ねて読むこともできます。
キャンドルを灯して「今」を引き延ばす
最後の「so I burn tall candles to keep her stay」は、詩人のささやかな抵抗です。明け方まで咲き続けてほしい、せめてもう少しだけこの瞬間を保ってほしい——その願いが、ろうそくの炎に託されています。
時間そのものを止めることはできなくても、灯りを足すことで「別れの瞬間」を少し先送りにする。ここには、失われていくものとどう向き合うかという、普遍的な問いがにじんでいます。
何が「her bloom」なのか——私たちの側から読む
この詩句の面白さは、「her bloom」を読む人それぞれが、自分の経験に引き寄せて解釈できるところにあります。たとえば、こんなものが重なって見えるかもしれません。
- 友人や家族と過ごす、あっという間の一晩
- 子どもの成長や、自分自身の若さや勢い
- 季節の花が満開でいる、ごく短い期間
どれも、気づいたときには少しずつ形を変え、やがては過ぎ去っていくものです。蘇軾の詩句は、それらが消えてしまう前に「ただ眺めるだけでなく、見届けようとする姿勢」をそっと提示しているようにも読めます。
デジタル時代の私たちにとっての「キャンドル」とは
2025年の私たちは、何か美しいものを見つけると、まずスマートフォンのカメラを向けがちです。写真や動画はたしかに便利ですが、この詩句が教えてくれるのは、「記録する前に、まずは一緒にいる」時間の大切さかもしれません。
蘇軾が高いろうそくを灯したように、私たちも自分なりの「キャンドル」を持つことができそうです。たとえば次のような小さな工夫です。
- きれいだと思った瞬間に、数十秒だけスマホを置いて「見ていること」だけに集中する
- 写真ではなく、短いメモや一行の言葉で、そのときの気持ちを書き留めてみる
- 一緒にいる人と、「今、何がきれいだと感じるか」を声に出して共有してみる
そうした行為は、時間そのものを止めるわけではありませんが、「今ここにあるもの」と向き合う密度を少しだけ濃くしてくれます。それが、デジタル時代の私たちにとっての「キャンドル」と言えるのかもしれません。
約1000年前の夜から届く、静かな問いかけ
宋代の詩人・蘇軾が描いた一夜の情景は、約1000年後を生きる私たちにも届くメッセージを含んでいます。それは、「消えてしまう前に、大切なものとどう向き合うか」という、とてもシンプルで、けれども難しい問いです。
国や時代を越えて共有される詩句を、SNSやオンラインの記事で読むという体験そのものも、現代ならではの文化の楽しみ方と言えます。通勤電車の中や寝る前の数分、ろうそくの炎を眺めるような気持ちで、こうした古いことばに目を通してみるのも良さそうです。
短い英語の詩句に足を踏み入れることが、「時間の流れを少しだけゆっくりにする」ささやかな一歩になるかもしれません。
Reference(s):
cgtn.com







