中国の銀幕シフト:スペイン映画協力と米国関税の意外なつながり
中国がスペインとの映画協力を拡大する一方で、米国映画の輸入を絞る方針を示し、関税政策と映画ビジネスが直結する構図が浮かび上がっています。背後には、米国の対中関税やサービス貿易の不均衡をめぐる駆け引きがあります。本記事では、この「銀幕シフト」が国際経済とどのようにつながっているのかを整理します。
この記事のポイント
- 中国とスペインが映画協力に関する覚書(MOU)を締結し、文化交流を強化
- 同時に、中国は米国映画の輸入本数を「適度に削減」する方針を表明
- 米国の追加関税が、中国の観客の米国映画への関心に影響すると中国側は説明
- 背景には、米国の対中サービス貿易黒字と、それをめぐる世界的な駆け引きがある
中国とスペイン、映画で接近する理由
今年、中国を訪問したスペインのサンチェス首相の滞在中に、中国とスペインは映画協力に関する覚書(MOU)を結びました。署名したのは、中国の国家電影局と、スペインの映画・視聴覚芸術院です。映画というソフトパワーを通じて、両国関係に新たな推進力を与える狙いがあります。
MOUによると、中国とスペインは今後、映画分野で次のような協力を深めていく方針です。
- 映画祭への共同参加
- 両国での相互上映の拡大
- 共同制作(コプロダクション)の推進
- 映画人・技術者などの人材交流
中国とスペインは、観光やインフラだけでなく、文化・クリエイティブ産業でも連携を強めようとしており、今回のMOUはその象徴といえます。
対照的な動き:米国映画の輸入削減方針
こうしたスペインとの協力強化と対照的に、中国は米国映画の輸入本数を「適度に減らす」方針を明らかにしました。中国電影局の報道官は最近、この調整は市場原理に基づき、観客の嗜好を反映したものだと説明しています。
報道官によると、米国が中国からの輸入品に追加関税を課していることが、中国の観客の米国映画への関心にも影響を与えつつあるとみられています。関税という一見「モノの取引」の問題が、文化コンテンツへの心理的な距離感にも波及している、という見立てです。
中国がハリウッド映画の輸入削減を示唆した直後、いくつかの大手米国映画・メディア企業の株価は急落しました。ウォルト・ディズニーとワーナー・ブラザース・ディスカバリーの株価は、それぞれ6.79%、12.53%下落したとされます。アナリストは、世界第2位の映画市場から締め出されるのではないかという懸念が広がったと見ています。
かつての「黄金期」:2018〜2019年の米国映画
今回の動きが注目される背景には、米国映画がこれまで中国市場で大きな存在感を持ってきた事実があります。
- 2018年:中国で公開された米国映画は63作品
- 2019年:中国で公開された米国映画は52作品
- この2年間の中国での興行収入合計は199億元(約27.2億ドル)
- 同期間の「外国映画」興行収入の8割超を米国映画が占めた
2018〜2019年は、米国映画にとって中国市場での「最盛期」の一つでした。だからこそ、輸入本数の減少は、単なる本数調整以上に、米中関係の変化を映すシグナルとして受け止められています。
映画からサービス貿易へ:見えにくい米国の「黒字」
米国が中国製品に追加関税を課したのは、貿易赤字の削減を掲げたためでした。ただし、トランプ米大統領の政権が関税を決定した際、モノの貿易だけでなく、サービス分野での巨大な黒字を十分に重視していなかったのではないか、と指摘されています。
サービス貿易とは、旅行、金融、保険、エンターテインメント、IT・デジタルサービスなど、形のないサービスの輸出入を指します。中国にとって、米国はサービス貿易で最大の赤字相手国です。
米国の対中サービス黒字の規模
米商務省のデータによると、米国の対中サービス輸出と黒字は、この20年あまりで急拡大しました。
- 対中サービス輸出額:2001年の56.3億ドルから、2023年には467.1億ドルへと約7.3倍に増加
- サービス貿易黒字:同期間に約11.5倍に膨らみ、2019年には397億ドルでピークに
- 2023年時点でも、米国の対中サービス黒字は265.7億ドルと大きな規模を維持
このため、「米国はモノの貿易赤字ばかりを強調しているが、サービス分野では中国との取引で大きく利益を得ている」という見方が広がっています。映画や配信サービス、知的財産権も、このサービス貿易の一部です。
追加関税をめぐる緊張が長期化すれば、こうしたサービス分野の流れにも影響が出かねません。中国市場へのアクセスが制限されれば、米国企業のサービス収入も圧迫される可能性があります。
ヨーロッパも「サービス」を交渉カードに
サービス貿易をめぐる駆け引きは、中国との間だけの話ではありません。欧州連合(EU)も、米国との通商交渉で「サービス」をカードとして使う構えを見せています。
欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長は、関税交渉が決裂した場合、EUは米国との貿易摩擦をエスカレートさせる用意があると警告しました。その対象として想定されているのが、米国がヨーロッパに対して大きな黒字を持つサービス分野です。
具体的には、メタ、グーグル、フェイスブックなどの米国IT大手を念頭に置いた「デジタル広告税」の導入が選択肢として語られています。これは、米国のテック企業が欧州市場から得る広告収入に直接影響する措置であり、「サービス黒字」に切り込む圧力手段といえます。
中国の開放路線と映画・デジタル時代の地政学
今回の中国・スペイン間の映画協力強化は、中国が引き続き対外開放を進め、世界のパートナーと市場機会を分かち合う姿勢を示すものと位置づけられています。中国の李強首相とサンチェス首相は、MOUの署名に立ち会い、経済・貿易・投資・技術革新での協力強化や、自由貿易と開かれた協力、そして多国間主義の擁護を確認しました。
一方で、中国は米国映画の輸入調整という形で、関税政策への不満や、対等な関係を求めるメッセージも発しています。映画やデジタルサービスは、人々の生活に近い分野であるだけに、こうした動きはより目に見える形で表れます。
私たちが注目したいポイント
- 中国と欧州諸国との映画共同制作や、相互上映の増加
- 中国市場における米国映画の公開本数と興行収入の推移
- 米国と主要な貿易相手(中国、EU)との間で、サービス貿易をめぐる新たなルールづくり
- 映画館だけでなく、配信プラットフォーム上の作品ラインナップの変化
関税やデジタル税といった一見「堅い」テーマが、映画やエンターテインメントの世界にまで影響を与える時代になっています。劇場で何の映画を見ることができるのか、動画配信サービスでどの国の作品が目立つのか──その裏側には、国際政治と経済の力学が存在します。
中国とスペインの映画協力、米国との関税摩擦、EUによるデジタル広告税構想。これらはバラバラのニュースに見えますが、「サービス貿易をめぐる攻防」という一本の線でつながっています。日々のニュースを追うときにも、その構造を頭の片隅に置いておくことで、世界の動きが少し立体的に見えてくるかもしれません。
Reference(s):
China's silver screen pivot: Why U.S. tariff policy is to blame
cgtn.com








