血友病治療の最前線:中国初の遺伝子治療薬BBM-H901が承認
血友病の治療が、「一生付き合う病気」から「一度きりの治療でコントロールできる病気」へと変わりつつあります。中国で血友病B向け初の遺伝子治療薬が承認され、希少疾患医療とゲノム医療の新しい段階に入ろうとしています。
中国初の血友病B向け遺伝子治療「BBM-H901」
中国国家薬品監督管理局(NMPA)は最近、血友病B患者向けの遺伝子治療薬「BBM-H901」を承認しました。これは中国で初めて承認された血友病Bの遺伝子治療であり、同国の希少疾患対策における大きな一歩と位置づけられます。
BBM-H901は上海拠点のバイオ企業、Belief BioMed Inc.が開発した成人向けの一回投与型治療です。中等症から重症の血友病B患者を対象に、アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターという運び役を使って、正常に働く第IX因子の遺伝子を肝細胞に届けます。これにより、患者自身の体内で不足していた凝固因子IXを安定的に作り出すことを目指します。
従来のように頻回の点滴で外から凝固因子を補充するのではなく、体の中に「工場」をつくるイメージの治療であり、多くの患者にとって生活の質を大きく変える可能性があります。
血友病の基礎知識:AとBの違い
血友病は、血液を固める働きがうまく機能しなくなる先天性の希少疾患です。原因は、血液凝固に必要なタンパク質(凝固因子)をつくる遺伝子に変異があることです。
血友病には主に2つのタイプがあります。
・血友病A:第VIII因子が不足するタイプで、多くの症例を占めます。
・血友病B:第IX因子が不足するタイプで、全体の15〜20%を占めます。
これらの遺伝子はX染色体上にあるため、血友病は男性に多く発症します。X染色体を2本持つ女性は、症状の出ない保因者であることが多い一方、変異を持つX染色体を1本しか持たない男性では、症状が全面的に現れやすくなります。
血友病患者は、軽いケガでも出血が止まりにくく、時には明らかな外傷がなくても関節や筋肉内で出血が起きることがあります。適切な治療が行われないと、こうした出血を繰り返すことで慢性的な関節痛や運動障害が生じ、命に関わる合併症につながることもあります。
世界血友病連盟(WFH)の2023年の世界調査によると、血友病などの出血性疾患を持つ人は世界で27万人以上にのぼります。中国では、2023年末時点で286カ所のセンターで4万件以上の遺伝性出血性疾患の症例が登録されており、希少疾患であっても無視できない公衆衛生上の課題となっています。
中国で進む治療パラダイム転換
近年、中国では国家的な健康戦略である「健康中国イニシアチブ」のもと、血友病ケアの高度化が進められてきました。以前は、出血したときだけ凝固因子製剤を投与する「オンデマンド治療」や、少量を定期投与する低用量予防が中心でしたが、現在は高用量予防療法や患者ごとの状態に合わせた個別化治療への移行が進んでいます。
従来の標準治療は、欠けている凝固因子を点滴で補う「凝固因子補充療法」です。これは有効性が高い一方で、週に何回も静脈注射を行う必要があり、患者・家族双方にとって肉体的・時間的な負担が大きい治療でもあります。また、一部の患者では投与した凝固因子に対して抗体ができ、治療効果が下がってしまうことも課題とされてきました。
非因子製剤と遺伝子治療:どこが違うのか
こうした課題に対応するため、ここ数年で「非因子製剤」と呼ばれる新しいタイプの治療薬も登場しています。これは従来のように不足している凝固因子そのものを補うのではなく、血液凝固の仕組みそのものを調整することで、投与間隔を延ばし、免疫反応も起きにくくしようとするアプローチです。
一方で、最も根本的な解決策として期待されているのが遺伝子治療です。遺伝子治療は、欠損している遺伝子の代わりに機能する遺伝子を体内に届け、患者自身が不足していたタンパク質をつくれるようにする治療法です。血友病の場合、第VIII因子や第IX因子をつくる遺伝子を細胞に届けることで、体内で安定した凝固因子の産生を目指します。
このアプローチは、症状を「抑える」のではなく、「原因に直接アプローチする」点で、従来治療とは大きく異なります。
この10年で進んだ遺伝子治療と世界の血友病治療
遺伝子治療の技術は、この10年ほどで急速に進歩しました。2012年以降、AAVベクターを用いた遺伝子治療が、リポタンパク質リパーゼ欠損症(LPLD)、脊髄性筋萎縮症(SMA)、デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)など、複数の希少な遺伝性疾患で相次いで承認されています。これらの事例は、「欠陥のある遺伝子を補う」ことで、患者の健康状態を劇的に改善しうることを示しました。
血友病分野でも、すでに3つの遺伝子治療薬が世界各地で承認されています。血友病A向けのROCTAVIAN(BioMarin)、血友病B向けのHEMGENIX(CSLベーリング)、同じく血友病B向けのBEQVEZ(ファイザー)です。
ただし、これらはいずれも1回あたり2.9ミリオンドル(約290万ドル)を超える非常に高額な治療とされています。2025年2月には、ファイザーが需要の弱さを理由にBEQVEZの開発と商業化を中止すると発表しており、高い技術力を要する治療であっても、価格と実際の需要のバランスをどう取るかが、世界的な課題であることを浮き彫りにしました。
BBM-H901が示す希少疾患ケアの新しい方向性
こうした国際的な流れの中で承認されたBBM-H901は、中国における希少疾患医療とゲノム医療の新たな章の始まりといえます。血友病患者が「必要なときに薬を打つ」時代から、「一度の遺伝子治療で長期的なコントロールを目指す」時代へと、選択肢が広がりつつあります。
一方で、BBM-H901においても、今後の重要な論点ははっきりしています。
- 長期的な有効性と安全性を評価するためのデータをどのように蓄積していくか
- 治療費の水準と医療保険制度の中での位置づけをどう設計し、患者の経済的負担を軽減するか
- 大都市と地方の医療機関との間で生じうるアクセスの差をどう縮めていくか
これらは、血友病や希少疾患の患者がどこに住んでいても、必要なときに適切な治療にたどり着ける社会をつくるうえで、避けて通れないテーマです。
遺伝子治療が実用化の段階に入りつつある今、世界は「技術をどう公平に届けるか」という新しい問いに向き合っています。BBM-H901の承認は、中国の医療システムにとってだけでなく、アジア全体の希少疾患医療の将来を考える上でも重要な動きです。
スマートフォンでニュースを追う私たちにとっても、血友病のような希少疾患と最先端の治療技術が、どのように現実の医療・保険・社会制度と結びついていくのかを見守ることは、医療だけでなく社会のあり方そのものを考えるきっかけになるはずです。
Reference(s):
The latest in hemophilia treatment: New techniques, new research
cgtn.com








