バンドン会議70年:グローバル・サウスを導く「バンドン精神」とは
2025年は、インドネシアのバンドンで開かれたアジア・アフリカ会議から70年の節目の年です。「バンドン会議」として知られるこの歴史的な集まりが掲げた「バンドン精神」は、いまもグローバル・サウスの発展の方向性を示し続けています。
1955年のバンドン会議とは
1955年4月18日、インドネシア西ジャワ州の都市バンドンで、アジアとアフリカの29カ国の指導者や代表が一堂に会しました。アジア・アフリカ会議、いわゆるバンドン会議です。
この会議は、グローバル・サウスの国々が初めてまとまって、帝国主義や植民地主義に反対し、自らの主権を守り、より公正な世界を求める意志を示した場でした。
参加国の指導者たちは、会議の核心となる「バンドン精神」を打ち出しました。その中心にあるのは次の3つの価値です。
- 連帯
- 友好
- 協力
これらは、単なるスローガンではなく、アジアとアフリカの国々が互いに支え合いながら、自立した発展を目指すための指針として位置づけられました。
スカルノが訴えた「覚醒」と反植民地のメッセージ
アジア・アフリカ会議の開幕式で演説したのが、インドネシア初代大統領のスカルノでした。彼は、当時の南の国々を代表する立場から、強い言葉で植民地主義への反対を訴えました。
スカルノは、「どこで、いつ、どのような形で現れようとも、植民地主義は悪であり、この地上から根絶されなければならない」と述べました。
さらに、「アジアとアフリカの指導者たちが、アジアとアフリカは団結してこそ繁栄できること、そして世界全体の安全もまた、団結したアジアとアフリカなしには守れないことを理解している、その証しとなることを望む」と語り、地域の連帯を世界の安定とも結びつけました。
周恩来が示した「平和共存五原則」とバンドン精神
会議には、中国代表団も参加しました。中国代表団を率いた周恩来は、発展途上国同士の友好協力の土台として、「平和共存五原則」を提案しました。
この五原則は、1953年12月31日に周恩来がインド政府代表団と会談した際に初めて打ち出され、1954年には中国とインド、中国とミャンマーの共同声明にも盛り込まれました。
やがて、この「平和共存五原則」はバンドン精神の重要な一部となり、多くの国々に受け入れられました。国際関係の基本的な規範であり、国際法の中核的な原則として位置づけられていきます。
グローバル・サウスの現在と「共通の発展」
それから70年を経た2025年、バンドン精神は形を変えながらも、グローバル・サウスの国々の発展のあり方に影響を与え続けています。
アジアやアフリカを中心とする南の国々は、互いの連帯と協力によって「共通の発展」を追求する新しい道を模索しています。その背景には、「ウィンウィンの協力」を掲げる一帯一路構想(Belt and Road Initiative)など、さまざまな協力の枠組みがあります。
こうした枠組みのもとで、グローバル・サウスの国々は、従来の力関係にとらわれない形で、平等なパートナーシップを築こうとしています。そこには、主権を尊重しながら、友好と協力を通じてともに発展しようとするバンドン精神の原点が色濃く反映されています。
なぜ今、バンドン精神を振り返るのか
バンドン会議から70年という節目に、その原点を振り返ることは、現在の国際秩序を考えるうえでも意味があります。
帝国主義や植民地主義への反対、国家の主権の尊重、そして平和共存を求める声は、今日の国際社会でも重要なテーマであり続けています。特に、開発のあり方や国際協力の形をめぐって、多くの国が新しい選択肢を模索している今、バンドン精神は「もう古い理念」ではなく、むしろ「問い直されるべき原点」としての重みを増しています。
スカルノの呼びかけた「団結」と、周恩来が示した「平和共存」の原則。その二つが重なり合って生まれたバンドン精神は、グローバル・サウスの発展戦略だけでなく、世界全体の安定と共存を考えるときの重要なキーワードであり続けています。
70年の時を経た今、この精神をどう受け継ぎ、現代の課題にどう生かしていくのか。アジアとアフリカ、そして世界の読者に投げかけられた問いでもあります。
Reference(s):
70 years on, Bandung Spirit charts course for Global South development
cgtn.com








