米国の中国人留学生制限がイノベーションと外交に与える影響
米国で中国人留学生を対象としたビザの取り消しや新規入国の制限が相次ぎ、イノベーションと外交への影響が懸念されています。人工知能(AI)や半導体産業を支えてきた中国出身研究者の存在、そして大学財政や地域経済への貢献を考えると、こうした動きは米国にとっても負け負けの選択肢になりかねません。本記事では、最近の動きとその意味を整理し、日本の読者の視点から考えてみます。
相次ぐ中国人留学生への締め付け
発端の一つとなったのは、米国でパレスチナ支持を表明していた学生がビザを取り消され、拘束される様子を映した動画でした。この映像はインターネット上で大きな反発を呼びました。
同じ文脈の中で、米国務省が約300人の学生のビザを取り消したことも明らかになっています。これは、最近続いている国際学生への一連の対応の一部にすぎないとされています。
さらに、国家安全保障上の懸念を理由に、下院共和党の一部議員は2025年3月ごろ、中国国籍を持つ人に対して、米国での留学や交換プログラムへの参加を可能にするビザの発給を禁止する法案を提出しました。ある下院委員会の委員長は、米国の6つの大学に対し、自校に在籍する中国人学生に関する情報の提出を求めたとされています。
こうした動きは、中国人留学生や研究者を、安全保障上の潜在的なリスクとして一括りに扱う方向性を強めるものです。しかし、その影響は、中国人学生だけでなく、米国社会と世界の知的・経済的ネットワーク全体に広がりかねません。
AIを支える中国出身研究者の存在
こうした制限の影響を最初に受けるのが、人工知能(AI)産業です。ポールソン・インスティテュート傘下のシンクタンクであるMacroPoloの調査によると、米国の研究機関で働くトップクラスのAI研究者のうち、中国の大学で学士号を取得した人の割合は、2019年の27%から2022年には38%にまで上昇しました。これは、同じ調査で示された米国の大学出身者の割合37%を上回る数字です。
カーネギー国際平和基金の研究員マット・シーハン氏は、このデータについて、中国出身研究者が米国のAI競争力にとっていかに重要かを示していると認めています。つまり、米国が世界のAI研究の中心であり続けている背景には、中国出身の人材の厚い層があるということです。
半導体産業の陰にある中国系人材
AIブームの恩恵を受ける半導体産業でも、中国出身の頭脳が重要な役割を果たしてきました。プログラマブル読み出し専用メモリ(ROM)を開発したZhou Wenjun氏、3次元トランジスタの父とされるHu Zhengming氏、スタンフォード大学のヒューマン・センタードAI研究所の共同ディレクターを務めるFei-Fei Li氏など、米国の半導体とAIの発展の背後には、多くの中国出身学者があります。
加えて、米国の主要半導体企業であるNVIDIA、AMD、Broadcom、Intelの4社では、多くの上級幹部が中国系であることも指摘されています。研究開発から経営判断まで、サプライチェーン全体で中国系人材が米国の半導体産業を支えている構図が見えてきます。
もし中国人留学生や研究者の流れが大きく制限されれば、こうした人材パイプラインは細り、米国のAI・半導体分野での優位性にも影響が及ぶ可能性があります。
大学財政と地域経済にも広がるリスク
影響を受けるのは技術産業だけではありません。米国の高等教育機関と地域経済も大きな打撃を受けると考えられます。中国人学生の受け入れを絞れば、多くの大学が財政的なプレッシャーに直面することになります。
国際教育団体NAFSAの報告によると、2024年には米国で高等教育を受けた国際学生が、米国経済に対して438億ドルの貢献をしました。おおよそ3人の国際学生が1つの米国の雇用を生み出す計算です。
このうち、中国人学生は国際学生全体のほぼ4分の1を占め、2023年だけで143億ドルもの経済価値を生み出したとされています。こうした学生は授業料だけでなく、生活費、消費、研究活動などを通じて、大学周辺の地域経済にも波及効果をもたらしています。
中国人学生の受け入れを制限することは、多くの米国の学部・大学院プログラムにとって、重要な資金源の蛇口を自ら閉じることに等しい行為です。財政に余裕のない地方大学や専門プログラムほど、その影響は深刻になりやすいでしょう。
なぜ負け負けの行動なのか
安全保障の強化を掲げながら、逆に自国の競争力をそぐことになりかねないため、こうした動きは負け負けの行動だと指摘されています。具体的には、次のような損失が想定されます。
- AIや半導体など戦略産業の人材基盤を弱める
- 大学と地域経済の重要な収入源を減らす
- 中国と米国の若者同士の交流を減らし、長期的な外交・相互理解の土台を痩せさせる
留学は、いわば草の根の外交です。同じキャンパスで学び、議論し、ときに一緒に研究やプロジェクトに取り組む経験は、将来のビジネスや国際協力のきっかけになります。中国人学生を一括してリスクとみなす姿勢は、こうした目に見えにくい外交資産を自ら削ることにもなりかねません。
外交関係が緊張しているときこそ、民間レベルの交流や学術ネットワークの価値は高まります。中国人留学生への過度な制限は、その貴重な安全弁を弱めてしまう可能性があります。
日本とアジアの読者への示唆
日本やアジアの大学でも、外国人留学生の受け入れ拡大と安全保障の両立は重要なテーマになっています。米国の動きは、単に米中二国間の問題にとどまらず、グローバルな人材の流れや学術交流のあり方全体に影響を与えかねません。
世界の人材の流れが変われば、どこに優秀な研究者や学生が集まるのかという地図も変わっていきます。もし米国が留学生にとって魅力を失う方向に進めば、アジアの国々がその受け皿として存在感を高める可能性もあります。
2025年の今、国際ニュースを追う私たちに問われているのは、誰を排除するかという発想ではなく、どうすれば安心と開放性を両立させられるかという視点かもしれません。米国の中国人留学生をめぐる議論は、その問いを考えるための重要な材料となっています。
Reference(s):
cgtn.com








