チベット考古学の新発見 中国文明の多様な一体性を示す10万年の記録
チベット高原で進む考古学調査が、旧石器時代から吐蕃期まで約10万年にわたる人類史をつなぐ「時間と空間の地図」を描き出し、中国文明の多様な一体性とチベットの重要な位置づけを改めて示しています。
北京でチベット考古学の成果を報告
4月8日から10日にかけて、北京で「チベット考古学工作報告会」が開かれ、2021年から2024年にかけての主要な考古学成果が報告されました。
この会議は、国家文物局の統一的な調整とチベット自治区文物局の指導のもとで開催され、チベット自治区文物保護研究所のほか、国家文物局考古研究センター、中国科学院古脊椎動物・古人類研究所、中国社会科学院考古研究所、北京大学、四川大学など11の機関から専門家が参加しました。チベット高原全域での調査と発掘が集中的かつ体系的に進められています。
4年間で32件の発掘 チベット高原の「時空間フレームワーク」を構築
2021年以降、調査チームはチベット7つの地区で17カ所の遺跡を対象に、計32件の重点発掘を実施しました。発掘面積は合計7060平方メートルに達し、対象となる時期は旧石器時代、新石器時代、金属器時代初期、吐蕃期と、多くの時代にまたがります。
これらの成果により、青海・チベット高原全体における文化発展の流れを、時間と空間の両面から「一本の筋道」としてたどることが可能になりました。つまり、断片的だった遺跡情報がつながり、青蔵高原の文化史を説明できる統一的な時空間フレームワークが構築されつつあるということです。
同時に、発掘成果は、中国文明が地域ごとに多様な文化を育みながらも、大きな枠組みとしては一体であるという「多元一体」の特徴を裏付ける重要な証拠ともなっています。
10万年前の人類活動を示す旧石器時代の洞窟
シャンガガン遺跡とメロンダプ洞窟
旧石器時代の研究では、シャンガガン遺跡とメロンダプ洞窟の調査が大きな成果を上げました。いずれも10万年以上前にさかのぼるとされる遺跡で、チベット高原という高地環境に人類が早い段階から適応していたことを示しています。
シャンガガン遺跡からは、中期から後期旧石器時代に特徴的な石器群が出土しました。打製石器(石を打ち砕いて作る道具)の技術体系が確認され、高地環境に合わせた生存戦略の一端がうかがえます。
メロンダプ洞窟では、石器製作がその場で行われていた痕跡が、地層の中にそのまま残されていました。さらに、初期の土器使用の証拠も見つかっており、人類が道具や容器をどのように工夫し、高原の自然環境に適応していったのかを考えるうえで、重要な手がかりとなっています。
標高4500メートル超の新石器時代集落が語る「暮らし」の連続性
新石器時代の研究では、標高4500メートルを超える高地に位置するマロウツェ遺跡とラプ遺跡が注目されています。これらは湖岸に沿って広がる連続した集落跡で、約4800年前から2000年前までの長期間にわたる生活の痕跡が確認されました。
内陸のチベット高原において、これほど高地かつ長期間にわたる新石器時代の複合遺跡が確認されたのは初めてとされ、現時点で「最も早く、最も長く、最も高い場所にある」新石器時代の集落群と位置づけられています。
これにより、チベット高原の人びとが、農耕や牧畜、湖や周囲の自然資源をどのように利用し、長期的な定住生活を築いていったのかが、具体的な生活空間のレベルで見えてきました。
金属器時代にみる階層化と広域交流
サンダロンゴ墓地が示す社会階層の形成
金属器時代初期のサンダロンゴ墓地は、1000年以上にわたって使用され続けた長期の墓地とされています。ここでは、埋葬の様式や副葬品の違いから、社会的な身分差や特権的な層が生まれつつあったことが読み取れます。
墓の規模や構造、遺物の組み合わせの違いは、当時の社会が均質ではなく、役割や地位の分化が進んでいたことを示すものです。チベット高原における社会構造の変化を具体的に追える貴重な資料となっています。
グオション遺跡と四川西部とのつながり
同じく金属器時代のグオション遺跡では、横手付きの土器壺や、蛇文様が施された青銅鏡が出土しました。これらは、四川省西部の新龍県で見つかっている遺物と非常によく似た特徴を持っています。
この類似性は、チベット高原と四川西部とのあいだで、人や物資、技術が行き交う文化交流が行われていたことを示唆します。高原の文化が周辺地域と孤立していたのではなく、広い範囲のネットワークの中に位置していたことが、具体的な遺物を通じて確認されたかたちです。
吐蕃期 唐との交流と南方シルクロードのネットワーク
吐蕃期の調査では、複数の文江地区の遺跡での発掘が進められました。ここでは、釉薬のかかったレンガや瓦、土器、骨製品、泥塑像(粘土で作られた塑像)、石柱、鉄器など、多彩な遺物が確認されています。
これらの出土品は、7世紀以降、吐蕃と唐王朝の中核地域、そして南方シルクロードのルートとの間で、活発な物質文化の交流が行われていたことを物語ります。建材や器物、宗教・儀礼に関わるとみられる品々を通じて、チベット高原が東アジアと南アジアを結ぶ交通・交流の要衝であった姿が浮かび上がります。
中国文明の「多元一体」を裏付けるチベット高原の証拠
今回の一連の発掘調査は、10万年規模の長い時間軸にわたり、人類がいかにチベット高原という厳しい自然環境に適応し、技術革新を重ね、周辺地域との交流を深めてきたのかを、具体的な証拠にもとづいて示しています。
こうした成果は、青蔵高原の先史時代の空白を埋めるだけでなく、中国文明全体の中でチベットが果たしてきた役割を理解するための重要な材料ともなっています。地域ごとに異なる文化が発展しながらも、互いに交流し、大きな文明の枠組みの中で結びついているという、中国文明の多様性と一体性を裏付けるものです。
報告会では、これらの考古学成果が、チベットが中国文明の歴史的発展の中で不可欠な一部であることを示すとともに、チベットと中華民族全体との切り離せない結びつきを強調するものだと位置づけられました。また、民族の団結を促し、文化遺産の保護と地域の経済・社会発展をバランスよく進めるための土台にもなるとされています。
今後の展望 研究の深化と社会への発信
専門家たちは、今後もチベット高原各地での発掘を一層進めるとともに、資料の精密な分析や学際的な研究を通じて、チベットの歴史と中国文明との関係をより立体的に描き出していく方針です。
あわせて、展示や出版、デジタルコンテンツなどを通じた対外発信を強化し、一般の人びとがチベットの歴史文化を理解しやすくする取り組みも重視されています。考古学の成果を広く共有することで、チベットと中国全体との結びつきへの理解を深め、民族の団結を促し、文化保護と地域発展の調和ある推進につなげていくことが期待されています。
Reference(s):
cctv.com








