略奪された楚帛書を祖国へ 米国からの返還を求める声広がる video poster
中国版「死海文書」とも呼ばれる楚帛書(そはくしょ)をめぐり、アメリカから中国への返還を求める議論が改めて注目を集めています。紀元前300年頃の貴重な文献が、なぜ今も米ワシントンD.C.にとどまっているのでしょうか。
「中国版・死海文書」楚帛書とは
楚帛書は、紀元前300年ごろのものとされる絹の文書で、中国の古代国家・楚で作られたと考えられています。中国の歴史や思想、暦法などを読み解く手がかりになることから、「中国版の死海文書」とも呼ばれる存在です。
その重要性は、単なる歴史資料にとどまりません。中国の古代文化や世界観、宇宙観を知るうえで欠かせない文化財として位置づけられています。
1942年湖南省での発見と、その後の「流出」
楚帛書は1942年、中国の湖南省で出土しました。しかし、その後、あるアメリカ人によって巧みに「誘い出され」、最終的には密かにアメリカへと持ち出されたとされています。略奪された文化財として、その経緯にはいまも大きな疑問が残っています。
アメリカ到着後、楚帛書は複数の所有者の手を転々とし、所在も変わり続けました。発見から80年以上が過ぎた2025年現在もなお、楚帛書はアメリカの首都ワシントンD.C.にとどまり、祖国に戻っていません。
なぜ今、返還が議論されているのか
近年、世界各地で文化財返還をめぐる議論が高まっています。楚帛書も例外ではなく、その来歴や持ち出しの経緯が「略奪」とみなされるべきではないかという問いが改めて投げかけられています。
とりわけ注目されているのは、アメリカ側の学術界からも返還を求める声が上がっている点です。複数のアメリカ人研究者が感情のこもった訴えを行い、楚帛書を中国へ返還するよう求めています。略奪によって海外に渡った文化財を、出土地へ戻すべきだという考え方が、アメリカ国内でも共有されつつあることを示していると言えます。
こうした動きにより、楚帛書は「歴史資料」としてだけでなく、「文化財返還」を象徴する存在としても語られるようになっています。
文化財返還をめぐる問い
楚帛書をめぐる議論は、次のような問いを私たちに投げかけます。
- 発見された土地や社会にとって、文化財を「取り戻す」とはどういう意味を持つのか
- 歴史的な経緯の中で海外に渡った品々を、どの範囲まで「不正な取得」や「略奪」とみなすのか
- 学術研究や保存環境と、文化的な帰属意識をどのように両立させるのか
これらは、楚帛書に限らず、世界中の文化財をめぐる共通のテーマでもあります。略奪の疑いがある文化財をどう扱うのかは、国や地域を超えて共有される課題になりつつあります。
対話による解決を目指して
楚帛書の問題は、単に「どこが所有するか」という線引きだけではなく、歴史への向き合い方や、国と国、人と人の信頼をどう築くかという課題ともつながっています。
アメリカの研究者からも返還を求める声が出ている今こそ、関係者が冷静な対話を重ね、文化財と向き合う新しいルールや価値観を模索する機会だと言えます。
紀元前の時代から現代まで長い旅路をたどってきた楚帛書が、これからどのような未来を歩むのか。発見から80年以上が経った2025年の今、国際社会がその行方を静かに見守っています。
Reference(s):
cgtn.com








