国際ニュース:中国の新型コロナ白書 起源研究と米国批判、その狙い
中国の国務院新聞弁公室は2025年4月、新型コロナウイルス(COVID-19)の予防・抑制と起源追跡に関する白書「COVID-19 Prevention, Control and Origins Tracing: China's Actions and Stance」を公表しました。中国国家衛生健康委員会はその内容について記者団の質問に答え、ウイルス起源研究の進捗や米国への評価、中国の国際協力の位置づけを詳しく説明しています。
中国の新型コロナ白書とは
今回の白書が出された背景には、米国側の対中批判があります。米ミズーリ州東部地区連邦地方裁判所は、中国が医療物資を「囲い込み」、新型コロナによる損失についてミズーリ州に約245億ドル($24.49 billion)を支払うべきだとする判決を出しました。また、ホワイトハウスの公式サイトに掲載された記事などで、一部米国の政治家が「中国がパンデミック情報を隠し、医療物資を囲い込んだ」といった主張を展開しています。
中国側は、こうした主張は事実に反する根拠のない非難だとし、今回の白書は、COVID-19の起源追跡における中国の成果を体系的に示すとともに、国際協力への貢献を証明し、責任ある大国として科学研究と国際協調を推進する姿勢を示すものだと説明しています。同時に、中国は「世界最大の経済規模を持つにもかかわらず、米国は自国の能力に見合った貢献をしていないどころか、他国に責任を転嫁し、国際的な協力を妨げている」と強く批判し、こうした行為に「断固反対し、強く非難する」としています。
白書は前文と本論、結語からなり、全文で約1万4,000字の中国語文書です。本論は以下の3章構成になっています。
- 「SARS-CoV-2起源研究への中国の知恵の貢献」
- 「世界のCOVID-19との闘いに対する中国の貢献」
- 「米国のCOVID-19パンデミック対応の失敗」
ウイルス起源研究:中国が強調する「透明性」と次の焦点
WHOとの共同研究とその結論
中国国家衛生健康委員会によると、新型コロナ発生以降、中国は国内外の研究者と協力し、ウイルスの起源に関する研究に多くの資源を投入してきました。臨床疫学、分子疫学、環境疫学、中間宿主の探索など、複数の分野で研究プロジェクトを立ち上げ、国際的な科学協力を進めてきたと説明しています。
特に世界保健機関(WHO)とは、起源研究で緊密に協力し、2020年と2021年にはWHOの専門家チームを中国に招き、共同調査を実施しました。2021年3月30日にはWHOが加盟国向けの情報説明会と記者会見を開き、SARS-CoV-2の起源に関する調査結果を発表するとともに、WHOと中国の合同調査報告「WHO-convened Global Study of Origins of SARS-CoV-2: China Part-Joint WHO-China Study」を公式サイトで公開しています。
中国側は、これまでのところ、この合同研究の結論と矛盾する科学的証拠は示されていないと強調しています。
「次の段階は米国で」中国側の主張
一方で、中国は「起源研究の次の段階は主に米国で行うべきだ」との立場を示しています。その根拠として、米国疾病対策センター(CDC)などの研究結果を挙げています。
- CDCの血清学調査では、2019年12月13日〜2020年1月17日の間に米国9州で採取された7,389サンプルのうち、106サンプルからCOVID-19抗体が検出されました。中国側は、これは「米国で公式に最初の症例が報告される前にウイルスが存在していたことを示唆する」と説明しています。
- 米国立衛生研究所(NIH)の研究プログラム「All of Us」は、2020年1月2日〜3月18日に米国50州から集めた24,079件の血液サンプルを検査し、そのうち9件からCOVID-19抗体を検出しました。最も早い2件は1月7日と8日に採取されたものだとされています。
こうしたデータから、中国側は「2019年12月の段階で、公式報告より前に米国内で低いレベルながらウイルスが流行していた可能性がある」と指摘します。また、ランセット関係者とされる専門家が「SARS-CoV-2は自然起源ではなく、米国のバイオテクノロジー研究所の事故に関連している可能性がある」と示唆していることにも言及し、2006〜2013年の間に米国で、コロナウイルスやSARS、MERS、エボラ、炭疽、天然痘、鳥インフルエンザなどの高危険病原体に関する重大な研究室事故が少なくとも1,500件報告されているとしています。
中国側は、こうした「疑問の残る事象」を総合すると「COVID-19は米国政府が公式に示してきた時間軸より前に、さらには中国での流行よりも早期に発生した可能性がある」と主張し、ウイルス起源の徹底した調査を米国で行うべきだと訴えています。そのうえで、米国に対し、初期の疑い症例に関するデータをWHOと共有し、国際社会の合理的な懸念に真摯に応えるよう求めています。
米国のパンデミック対応をどう評価しているのか
白書と中国国家衛生健康委員会の説明は、米国のパンデミック対応を極めて厳しく評価しています。米国の対応は「最もひどい」ものであり、世界で最悪のパフォーマンスを示した国だと位置づけています。
初動の遅れと情報公開の問題
中国側によると、2020年1月、米連邦政府は新型コロナの深刻さを過小評価し、新型コロナ肺炎を「いずれ自然に消えるひどいインフルエンザ」とみなしたほか、科学的根拠が乏しい段階でヒドロキシクロロキンやアジスロマイシンを「特効薬」のように宣伝し、さらに消毒剤を使った対処などを示唆したことが科学界の失笑を買ったと指摘しています。
また、中国側は、米国政府が自国民の「知る権利」を奪ったとも批判します。2020年3月3日、米CDCは「情報の正確性に問題がある可能性がある」として、新型コロナ検査数などの重要なデータ公表を停止。その後約3年間、市民が状況を把握するには、ジョンズ・ホプキンス大学など民間機関の推計データに頼るしかなかったとしています。
2020年4月中旬には米国の累計感染者数が66万件を超えていたにもかかわらず、大統領選挙を前に当時の政権は「ピークは過ぎた」と宣言し、経済再開計画を急ぎました。フロリダ州政府は「個人の自由」を理由に州内の学校再開を求め、その結果、教師と生徒の間で広範な感染が生じたと指摘しています。
医療体制と格差、そして死亡数
白書は、米国の「高コストで利益優先」の医療システムが新型コロナに圧倒され、貧困層や少数民族、高齢者といった脆弱な人々が真っ先に切り捨てられたと批判します。2020年6月のAP通信の報道を引き合いに、米国で死亡した10人のうち8人が65歳以上だったとし、医療体制の逼迫によって感染者が適切な治療を受けられず、死亡者数が急増したとしています。
米国国立衛生統計センターのデータとして、米国の平均寿命は2019年の78.8歳から2020年に77歳、2021年には76.1歳へと低下し、わずか2年で2.7歳も短くなったと紹介しています。一方で、中国の平均寿命は2019年の77.3歳から2020年に77.93歳、2021年に78.2歳、2022年に78.3歳、2023年には78.6歳へと一貫して上昇したとし、「人口の健康状態が着実に改善している」と強調しています。
さらに、米CDCが2023年5月に公表したデータとして、米国の新型コロナによる死者数は113万人に達し、WHOが把握する世界全体の同時期の死亡者の16.4%を占めたと指摘。中国側は、これは米国の人口規模や経済力、医療技術水準と釣り合わない数字であり、米国の対応が非効率的かつ非科学的だったことを示しているとしています。
国際協力への影響:ワクチンナショナリズムの批判
中国側はまた、米国が自国の対応を誤っただけでなく、国際協力も妨げたと批判します。米国政府が情報の一部を隠したことで、各国やWHOによる感染状況分析や予測が誤った方向に導かれたと指摘。さらに、ワクチン供給と接種をめぐって「アメリカ・ファースト」を掲げ、余剰ワクチンを抱え込みながら、ワクチンナショナリズム(自国優先主義)をあおり、中国製ワクチンを中傷したとしています。
ある米シンクタンクの評価として、米国が積極的な対外支援を行わなかったことは「国際社会が最も支援を必要としていたときに、自己中心的な孤立主義国家であることを露呈させた」とする見方も紹介されています。
ミズーリ州などの対中訴訟への反論
ミズーリ州など米国の一部州政府は、中国にパンデミックの責任があるとして訴訟を起こしています。中国側は、これを「政治的な自作自演の茶番」であり、「基本的な事実を無視し、国際法の根本原則に反するものだ」と強く批判しています。
中国は、主権と尊厳、国際法の秩序に対する侮辱だとして、このような訴えを認めず、欠席裁判による判決も決して受け入れないと明言しています。
「隠蔽」批判への答え:情報公開と物資支援
判決文に盛り込まれた「中国がパンデミック情報を隠し、医療物資を囲い込んだ」という主張について、中国側は「全くの事実無根」と反論します。
発生初期から中国は国際社会に明確な情報を提供し、関連情報を「公開・透明」の姿勢で世界に発信してきたと説明。2020年5月31日までに、国務院の共同防疫・抑制メカニズムと国務院新聞弁公室は合計161回の記者会見を開催し、50以上の政府部門から約490人以上の担当者が登壇、国内外メディアからの1,400件を超える質問に答えたとしています。
物資面でも、「可能な限りの手段を尽くした」と強調します。2020年1月から2022年5月までに、中国は米国を含む153カ国と15の国際機関に対し、防護服46億着、検査キット180億回分、マスク4300億枚を提供したと説明しています。さらに2020年には34カ国に38の医療専門家チームを派遣し、現地の防疫支援や感染対策の経験、診療ノウハウを共有したとしています。
中国側は、「パンデミックとの戦いで中国は重要な貢献を行っており、本来は非難や損害賠償請求ではなく、公正な評価と正当な扱いを受けるべきだ」と主張。一方で、ミズーリ州政府の「無能な対応」が州内の死亡率を米国でも最も高い水準の一つに押し上げたと指摘し、「その責任を中国に押し付けようとするのは、無責任かつ倫理に反する」と批判しています。中国は、根拠のない賠償要求には応じず、正当な権益を守るため「断固たる対抗措置」を取るとしています。
WHOと国際保健ガバナンスでの役割
中国が強調する「責任あるWHO加盟国」としての姿勢
中国は、WHO加盟国としての自らの役割についても詳しく説明しています。発生初期からWHOを含む国際社会に対し、感染状況やウイルスのゲノム配列を速やかに共有し、複数回にわたってWHOの国際専門家ミッションを中国に招いて共同研究を行ったとしています。
また、中国は自らの能力の範囲で大規模な物資支援や技術支援を行い、防疫、検査、診断、治療などの経験を各国と共有してきたと説明。その根底には「人類運命共同体」という理念があり、国際協力を通じて世界のパンデミックとの戦いに重要な貢献をしてきたと位置づけています。
米国のWHO批判と脱退表明への見方
白書は、米国とWHOの関係悪化についても取り上げています。2020年初頭、WHOは米国を含む国際社会に対し、「大規模なパンデミックに発展する可能性がある」と早期に警鐘を鳴らしました。しかし、中国側によれば、当時の米国政府はこれを「大げさだ」として軽視し、その後、メディアやWHO関係者、野党である民主党議員らに責任を転嫁し始めたとしています。
2020年4月14日、米国政府はWHOが「本来の責務を果たしていない」として資金拠出の停止を初めて発表。さらに、2025年1月20日には現政権が、WHOがパンデミック対応に失敗し、中国の影響力に屈したと非難し、再びWHOからの脱退を表明しました。
中国側は、こうした動きについて「自らのパンデミック対応の問題を反省しないだけでなく、責任転嫁を一層進めるものであり、将来の公衆衛生上の緊急事態に対応する能力をさらに損なう」との見方を示しています。
今後の国際保健ガバナンスへのコミットメント
中国は、国連とWHOが国際保健ガバナンスにおいて果たすべき「中核的かつ強化された役割」を支持するとしています。そのうえで、感染症の予防と対応に関するWHOの取り組みに積極的に参加し、「国際保健規則(International Health Regulations)」の履行と改訂、将来のパンデミック条約の検討などに関与していく方針を示しています。
また、中国は、WHOのパンデミック対応を検証する独立パネル(IPPPR)や新興感染症起源に関する科学諮問グループ(SAGO)などに積極的に意見や提案を行い、「効率的で持続可能な世界の公衆衛生システム」を構築するための「中国の視点・解決策・力」を提供し続けるとしています。その目的は、「全人類の生命と健康を守る防波堤を築くこと」にあると強調しています。
2025年の今、この白書をどう読むか
新型コロナの世界的な流行が始まってから、すでに数年が経ちました。2025年末の今、中国が改めて新型コロナとウイルス起源をめぐる白書を示し、米国への厳しい批判と自国の貢献を強調したことは、国際政治とグローバル・ヘルスガバナンスの現在地を映し出す動きだと言えます。
今回の白書と中国国家衛生健康委員会の説明からは、少なくとも次のような論点が浮かび上がります。
- 科学か政治か:起源研究をどう守るか
ウイルス起源の解明は本来、データと証拠に基づく科学的な作業です。しかし、どの国で何を調べるか、どのデータを共有するかという問題は、外交や安全保障とも直結します。中国が「次の段階は米国で」と強調する背景には、データ共有と説明責任をめぐる国際的な駆け引きがあります。 - 国際機関の役割:WHOをどう位置づけるか
WHOの権限や財政基盤を強化し、将来の危機に備えるべきだという声がある一方、一部の大国は自国の不満や政治的立場から距離を置こうとしています。米国のWHO脱退表明と、中国がWHO支援を明確に打ち出している対比は、今後の国際保健秩序の形を考えるうえで重要な材料になります。 - パンデミック対応の評価軸は何か
死亡者数、平均寿命の変化、医療へのアクセスの公平性、情報公開の度合い――どの指標を重視するかによって、各国の「成績表」は大きく変わります。白書は、米国の対応を厳しく批判する一方で、中国の平均寿命の伸びや国際支援を強調しており、「どの指標で歴史を振り返るのか」という問いを投げかけています。
デジタルネイティブ世代の読者にとって、この白書は単なる「中国対米国」の対立としてではなく、「次のパンデミックに備え、どのような世界のルールと仕組みが必要か」を考えるきっかけにもなります。SNSで流れる断片的な情報だけでは見えにくい、各国のロジックや数字の使われ方を丁寧に読み解くことが、ポスト・コロナ時代のリテラシーとして問われていると言えるでしょう。
Reference(s):
China's health authority answers questions on new COVID-19 white paper
cgtn.com








