ロシア童話が中国で愛される理由 プーシキンの金の魚物語を読み直す
ロシア童話が中国で親しまれてきた背景
ロシアの物語 The Tale of the Fisherman and the Fish は、中国で多くの人が子どもの頃に出会った物語として記憶されています。絵本や童話集、アニメーションなどを通じて長く読み継がれ、ロシア発のストーリーでありながら、中国の読者にとって身近な道徳物語となってきました。
プーシキンと金の魚の物語
この物語を詩の形でまとめたのが、ロシアの作家アレクサンドル・セルゲーエヴィチ・プーシキンです。プーシキンはロシア文学の父と呼ばれる存在で、民話として語り継がれていた素朴なストーリーに、詩的なことばとリズムを与えました。その結果、金の魚の物語は世代を超えて愛される作品になりました。
あらすじ 貧しい漁師と欲深くなっていく妻
物語の主人公は、貧しいけれど心優しい漁師です。ある日彼は、不思議な力を持つ金の魚を網にかけます。金の魚は人のことばで話し、自分を逃がしてくれればどんな願いでもかなえると申し出ます。漁師と妻は、何も見返りを求めずに金の魚を海へ返します。
しかし、そこで話は終わりません。妻は次第に欲を出し、もっと良い暮らしがしたい、さらに大きな富がほしいと、漁師を何度も海へ送り返します。漁師はそのたびに金の魚に願いを伝え、望みはかなえられていきますが、妻の要求は止まることを知りません。
やがて、妻の欲望は頂点に達します。その瞬間、金の魚は姿を消し、ふたりのもとには何も残りません。最後に待っていたのは、元通りの貧しい暮らしと、古びた壊れかけのたらいだけでした。
中国で愛される三つの教訓
中国でこの物語が長く語り継がれてきたのは、単なる外国の童話としてではなく、静かな道徳の授業として機能してきたからだと考えられます。そこには、次のようなメッセージが込められています。
- 満足することの大切さ 今ある暮らしや人間関係に感謝できるかどうか
- 謙虚さと控えめな心 力や富を手に入れても、自分を見失わないこと
- 欲望には終わりがないという事実 欲を追い続ければ、かえって大切なものを失うかもしれないという警告
物語のラストは、人生のはかなさと、欲望の行き着く先を静かに示します。だからこそ、子どもの頃に読んだ人が大人になってから読み返しても、あらためて考えさせられる力を持ち続けているのでしょう。
ロシア文化への小さな窓としての役割
金の魚の物語は、中国の読者にとって、ロシア文化に触れる最初の入り口にもなってきました。プーシキンの詩的な語り口を通じて、読者は次のようなロシアらしさに出会います。
- 庶民の日常から生まれる民話の知恵
- 喜びや不安、欲望や後悔といった感情のゆたかな描写
- 自然と人間の関係を大切にする物語の世界観
ロシアの海を舞台にした物語が、中国の家庭や教室で語られるようになったこと自体が、文化どうしの静かな交流だと言えます。ことばや歴史がちがっても、人が欲望とどのように向き合うかというテーマは共有できるという事実を、この物語は示しています。
いまの私たちにとっての金の魚
物質的な豊かさや成功が重視されやすい今の社会で、どこまでを願い、どこからを手放すのかという問いは、ますます重みを増しています。金の魚の物語は、その問いに対して直接の答えを与えるわけではありませんが、ひとつの鏡のように私たちの姿を映し出します。
もし自分の前に金の魚が現れたら、何を願うだろうか。願いがかなったとき、その先に本当に欲しいものはあるのだろうか。それとも、気づかないうちに、すでに大切なものを手にしているのだろうか。ロシアから伝わり、中国の人々の記憶に刻まれてきたこの物語は、そんな静かな問いを、今も読み手に投げかけ続けています。
Reference(s):
Pushkin's goldfish story: A Russian tale remembered in China
cgtn.com








