米国博物館から戦国時代の楚帛書が返還 2巻が北京に到着 video poster
米国の博物館が所蔵していた約2,300年前の古代絹文書「楚帛書(そはくしょ)」の2巻が、中国に返還され、北京首都国際空港に到着しました。違法に国外へ持ち出された文化財が本来の地に戻る動きとして、国際ニュースの中でも注目を集めています。
2,300年前の楚帛書、北京首都空港に到着
今回中国へ戻ったのは、戦国時代(紀元前475〜221年)にさかのぼる楚帛書のうち、2巻分です。これらは金曜日に米スミソニアン協会の国立アジア美術館から正式に返還され、その後、日曜日の朝に北京首都国際空港に到着しました。
楚帛書は全3巻から成り、いずれも絹の布に文字や図が書かれた非常に希少な文書です。現在確認されているかぎり、戦国時代の絹文書としては世界で唯一の例とされています。
楚帛書とは何か
唯一現存する戦国時代の絹の文書
楚帛書は、中国の戦国時代に楚という国で作られたとみられる絹製の文書です。紙が一般化する以前の時代に、絹が「書写媒体」として使われていたことを示す貴重な資料であり、当時の思想や信仰、暦法などを読み解く手がかりになると考えられています。
今回返還されたのは、第2巻と第3巻にあたる部分で、それぞれ「Wuxing Ling」「Gongshou Zhan」と呼ばれています。細かな内容の研究はこれからさらに進むとみられますが、既に学術的にも非常に高い価値がある文化財として位置づけられています。
1942年に湖南省で出土、戦後に米国へ持ち出し
楚帛書は1942年、中国中部の湖南省長沙市にあるZidanku遺跡で出土しました。しかし、その後の混乱の中で1946年に不法にアメリカへ持ち出されました。今回の返還は、80年近くにわたって海外にあった文化財が、中国に戻る節目となります。
返還を実現させた中国側の動き
今回の返還にあたっては、中国の国家文物行政機関である国家文物局のチームが米国に赴き、現地で手続きを進めた上で楚帛書の第2巻と第3巻を持ち帰りました。こうした公式チームの派遣は、文化財返還においてしばしば行われるプロセスであり、文化財の状態確認や輸送中の安全確保などにも重要な役割を果たします。
スミソニアン協会の国立アジア美術館が所蔵していた楚帛書を中国側に引き渡したことで、長年海外にあった貴重な歴史資料が、出土地に近い場所で保存・研究される環境が整いつつあります。
今後の保存と公開の予定
北京に到着した楚帛書の2巻は、まず中国国家文物局の文化財倉庫に送られ、専門家による検査や保存処理を受ける予定です。温度や湿度の管理、劣化の有無の確認など、きわめて慎重なプロセスが想定されます。
その後、北京の中国国家博物館で7月に一般公開される計画が示されています。公開が実現すれば、一般の来館者が楚帛書を直接目にできる貴重な機会となります。
展示では、次のような点に注目が集まりそうです。
- 絹に書かれた文字の細かさや保存状態
- 戦国時代の思想や世界観をうかがわせる図像や文言
- 出土地や発見の経緯、返還に至るまでのストーリー
世界で進む文化財返還の流れの一場面として
今回の楚帛書返還は、国境をまたいだ文化財の扱いをどう考えるかという、より大きな問いともつながっています。歴史的な経緯の中で国外に流出した遺物を、本来ゆかりのある地域に戻すかどうかは、各国や機関が議論を続けているテーマです。
一方で、国外に所蔵されてきたからこそ、保存技術や研究ネットワークの恩恵を受けてきた側面もあります。今回のように、所蔵してきた美術館と出土地を管轄する行政機関が協力して返還を進めるケースは、文化財を「奪い合う」か「共有する」かという二択ではなく、対話と合意による解決の一つのモデルともいえます。
私たちがこのニュースから考えたいこと
デジタルネイティブ世代にとって、文化財はオンライン画像やバーチャル展示を通じて身近になりつつありますが、その背後には、今回の楚帛書のような長い移動の歴史や複雑な背景が存在します。
今回のニュースは次のような問いを投げかけています。
- 文化財は「どこにあるべきか」を誰がどう決めるのか
- デジタル技術で世界中からアクセスできる時代に、現物が戻る意味は何か
- 歴史的経緯を踏まえつつ、未来世代に何を残していくのか
楚帛書の返還は、一つの文化財をめぐるニュースであると同時に、国際社会が過去と向き合いながら、文化遺産をどのように共有し継承していくのかを考えるきっかけにもなっています。
Reference(s):
Ancient silk manuscripts returned by US museum arrive in Beijing
cgtn.com








