79年ぶりに帰国 米国から戻った中国最古の絹文書「子弾庫楚帛書」
米国で79年間保管されていた中国最古の絹文書「子弾庫楚帛書」が、2025年に北京へ戻りました。盗掘から返還までの長い道のりは、文化財をめぐる国際的なあり方を考えるヒントになります。
79年ぶりに帰国した「子弾庫楚帛書」
今回北京に到着したのは、「子弾庫楚帛書(しだんこそはくしょ)」第2巻と第3巻です。いずれも戦国時代(紀元前475〜221年)の封印された墓から出土したもので、これまでに見つかっている中では、中国で最も古い絹の文書とされています。
これらの絹文書は長年米国で保管されていましたが、日曜日の朝、米国からの便で北京に到着し、中国の国家文物局が受け入れました。1946年に米国へ不法に持ち出されてから79年を経た2025年、ようやく故国への帰還が実現した形です。
盗掘から米国流出までの経緯
中国中部の湖南省長沙市近郊、子弾庫地区にある戦国時代の墓は、もともと封印された状態で静かに眠っていました。しかし1942年、この墓が盗掘に遭い、内部に収められていた絹文書が墓荒らしによって持ち去られました。
その後、絹文書は1946年に不法に米国へと持ち出され、現地で収集品として扱われてきました。国家文物局によれば、今回中国に戻ってくるまでの79年間、これらの資料は米国内に留まり続けていたことになります。
- 戦国時代(紀元前475〜221年):子弾庫の墓に絹文書が収められる
- 1942年:湖南省長沙市近郊の子弾庫地区で墓が盗掘される
- 1946年:絹文書が不法に米国へ持ち出される
- 2025年:米国で79年を経て北京に到着し、中国に返還される
ワシントンの美術館から正式返還
絹文書を所蔵していたのは、米国ワシントンにあるスミソニアンのナショナル・ミュージアム・オブ・アジアン・アート(Smithsonian's National Museum of Asian Art)です。同館はコレクションからこれらの絹文書を正式に除籍し、中国の国家文物局(National Cultural Heritage Administration)へと移管したと、金曜日に発表した声明で明らかにしました。
これにより、盗掘によって流出した文化財が、公式な手続きを経て元の国へ戻されるという形がとられたことになります。返還の詳細な交渉プロセスについては伝えられていませんが、米中双方の文化機関が協力した結果だといえます。
なぜ「最古の絹文書」が注目されるのか
子弾庫楚帛書は、現在知られている中で最も古い絹の文書であり、戦国時代という古代中国の大きな転換期を生きた人々の思考や制度を知る手がかりになり得ます。紙が一般化する以前の時代に、絹という貴重な素材に書き記された文字そのものが、当時の知識や権力のあり方を映し出している可能性があります。
今回伝えられている情報では、文書の具体的な内容までは触れられていませんが、「いつ、どこで、どのように出土し、その後どう扱われてきたのか」という来歴が詳しく分かること自体が、歴史資料として大きな意味を持ちます。盗掘から正規の返還へと至る過程もまた、文化財研究の一部といえるでしょう。
文化財返還をどう考えるか
子弾庫楚帛書の返還は、海外に流出した文化財をどう扱うのかという、国際社会全体のテーマとも重なります。どのような経緯で国外に出たのか、現在の所蔵先でどのように保存・公開されてきたのか、そして元の国や地域に戻すことの意義は何か――今回のニュースは、こうした問いを私たちに投げかけています。
デジタル技術が進み、文化財をオンラインで鑑賞できるようになった今でも、実物がどこにあり、誰が責任を持って守るのかは重要な問題です。79年を経て中国に戻った最古の絹文書は、歴史そのものだけでなく、文化財を巡る現在進行形の議論を映し出す鏡ともいえるでしょう。
Reference(s):
Ancient silk texts return to China after 79 years in the U.S.
cgtn.com








