絶滅宣言から復活へ?長江チョウザメ、赤水河で野生自然繁殖を確認
絶滅したとみなされていた中国の長江チョウザメが、2025年春に野生での自然繁殖に成功しました。20年以上途絶えていた孵化が確認され、長江流域の生態系保全にとって歴史的な一歩となっています。
赤水河で起きた“小さな奇跡”
中国南西部・貴州省を流れる赤水河の浅瀬で、米粒ほどの半透明の灰色の幼魚が卵から姿を現しました。一見するとどこにでもいそうな稚魚ですが、現場で見守っていた科学者にとっては、極めて重要な意味を持つ瞬間でした。
この幼魚は、長江チョウザメ(Yangtze sturgeon)の孵化個体です。野生での自然繁殖が確認されたのは、2000年以来、実に20年以上ぶりとされています。2022年には国際自然保護連合(IUCN)によって「野生絶滅」と評価されていた種が、自らの力で再び命をつないだことになります。
絶滅危機に追い込まれた長江チョウザメ
長江チョウザメは、中国の国家一級重点保護動物で、かつては長江の生態系を支える重要な大型魚でした。しかし、2000年代初頭までの水質汚染や乱獲などの影響で個体数は急減。最後に自然繁殖が確認されたのは2000年で、その後は記録が途絶えていました。
2022年、IUCNは長江チョウザメを「野生絶滅」と位置づけました。それでも中国の研究者たちは保護を諦めず、人工繁殖と放流、生息環境の回復を進めてきました。今回の成果は、その長年の試みが初めて「野生での繁殖」という形で実を結んだものです。
研究チームの狙い:川そのものを“再設計”
このプロジェクトを進めてきたのは、中国科学院水生生物研究所(IHB)、中国長江三峡集団傘下の中国珍稀魚類研究所など複数の研究機関で、農業農村部が組織するチームとして取り組んできました。目標は、絶滅寸前の長江チョウザメを、野生の河川で再び繁殖できるレベルまで回復させることです。
研究者たちはまず、長江チョウザメがどのような環境で産卵していたのかを探るところから始めました。歴史的なデータがほとんど残っていなかったため、初期段階では条件を一つずつ検証するしかありませんでした。
IHBの研究者であるLiu Huanzhang氏は「歴史資料が乏しく、どのような環境条件が繁殖に必要なのか、当初は手探りでした。しかし繰り返し実験を行うことで、その条件はおおむね把握できるようになりました」と語っています。
チームはまず、実験設備内や四川省江安県の長江支流で、水流や川底の状態を人工的に再現する試験を2023年から2024年にかけて実施。産卵は確認できたものの、ふ化した稚魚を見つけるには至らず、「完全な自然環境での繁殖」が最大の課題として残されていました。
赤水河が選ばれた理由
そこで研究者たちが目を向けたのが、長江上流の支流にあたる赤水河です。長江本流の多くの区間と比べ、赤水河は工業開発の影響が少なく、主流部にダムが建設されていないなど、自然環境が比較的良好な河川として知られています。
2025年初め、研究チームは貴州省・赤水市近郊の一帯で、これまでで最も野心的なプロジェクトに着手しました。ドローンや音響測深機(ソナー)、水理モデルなどを組み合わせ、長江チョウザメが好むとされる川の流れや川底の状態を、赤水河の一部区間に再現したのです。
IHBの准研究員であるLiu Fei氏によると、「自然に近い流れをつくるための水路を掘り、川底には慎重に選んだ砂利や砂を敷きました。約8,000平方メートルにわたる産卵場を、チョウザメのニーズに合わせて設計した」といいます。
4月3日〜16日:復活のタイムライン
環境が整ったと判断したチームは、2025年4月3日、この人工的に整備した区間に、成熟した長江チョウザメ20匹(オス10匹、メス10匹)を放流しました。その後、研究者たちは水中カメラやソナーを用いて24時間体制で行動をモニタリングし、求愛行動や産卵の兆候を慎重に追いました。
4月12日の夜、待ち望んでいた変化が訪れます。観測データから、チョウザメの群れが水路の特定の場所に集まり始めたことが判明しました。夜明けまでに受精卵が確認され、推計で20万粒以上の卵が産卵場一帯に広く散らばっていることが分かりました。
顕微鏡による分析の結果、卵は正常に発生していることも確認されました。そして4月16日、ついに最初のふ化個体が姿を現します。米粒ほどの小さな稚魚たちが卵殻からはい出る様子は、長年このプロジェクトに携わってきた研究者たちにとって、文字通り「命の誕生」を実感させる瞬間となりました。
「野生で増やせる」ことを証明した意味
Liu Huanzhang氏は、今回の成果について「人工繁殖で育てた成熟個体が、野生の河川環境で繁殖できることを実証した」と評価し、「長江チョウザメの自然繁殖を、川全体で本格的に回復させていくための土台が築かれた」と述べています。
長江チョウザメは成長すると体長1メートルを超える大型魚で、水中生態系の中では「上位」に位置づけられる存在です。Liu Fei氏は「これは一つの種を救う話にとどまりません。チョウザメのような大きな魚が生きていけるかどうかは、川全体の健康状態を映し出す鏡のようなものです」と話し、今回の成功が他の絶滅危惧の水生生物の保全にも応用可能なモデルになり得ると強調しています。
長江流域の生態系と政策へのインパクト
長江はアジアを代表する大河であり、その流域には多くの都市と産業、そして多様な生態系が共存しています。今回の長江チョウザメの自然繁殖は、中国国内の環境保護政策だけでなく、国際的な生物多様性保全の議論にとっても重要な事例と言えます。
特に注目されるのは、単に保護区を設けるのではなく、「川の流れ」と「川底の構造」を科学的にデザインし直すことで、絶滅危惧種が自力で繁殖できる環境を再構築した点です。これはダム建設や水資源開発が進んだ世界各地の大河川でも応用可能なアプローチとして、今後議論を呼びそうです。
回復はまだ始まりにすぎない
とはいえ、今回の成功は「スタートライン」に立ったことを意味するに過ぎません。野生個体群として安定した長江チョウザメの集団を再構築するには、今後も長期的なモニタリングと、河川環境の継続的な保全が欠かせません。
研究チームは今後、赤水河における稚魚の成長や生残率を詳しく追跡しつつ、保護戦略をさらに洗練させていく方針です。Liu Huanzhang氏は「今回の取り組みは、長江チョウザメの個体群回復にとどまらず、長江流域全体の生態系の健全性と安定性を高めることにもつながる」と述べています。
2025年12月現在、この小さな幼魚たちは、長江流域の未来を映す存在として静かに泳ぎ続けています。国際ニュースとしてのインパクトも大きい今回の事例は、「絶滅」と宣言された後でも、科学と長期的な取り組みによって種の再生を目指せることを示す象徴的な出来事と言えるでしょう。
Reference(s):
cgtn.com








