中国、盧溝橋事件から88年 全民族抗日戦争の記憶をどう伝えるか
中国は2025年、盧溝橋事件から88年を迎え、第二次世界大戦期の全民族抗日戦争の始まりとされる出来事をあらためて振り返りました。本記事では、その歴史的背景と、生存者の証言から見える記憶の継承について整理します。
盧溝橋事件とは何か
盧溝橋事件(七七事変)は、1937年7月7日に北京南西部の盧溝橋周辺で発生した武力衝突です。当時この地域を守っていた中国第29軍と日本軍の間で戦闘が起き、中国全土での抗日戦争の本格的な始まりと位置づけられています。
中国側では、この事件をきっかけに、国家全体が日本軍の侵略に立ち向かう「全民族抗日戦争」が始まったとされています。第二次世界大戦の中でも、中国戦線は日本の軍国主義とファシズムに対抗する主要な戦場の一つだったと評価されています。
子どもの目に映った「開戦の朝」
盧溝橋事件の記憶は、個人の体験としても語り継がれています。中国メディアの取材に対し、生前に証言を残した鄭福来さんは、事件当日の朝を次のように振り返っています。
鄭さんは、事件発生時に北京近郊で暮らしており、「夜明け前、第29軍と日本軍の戦闘音で目を覚ました」と語っています。母親の服を握りしめながら町の北側へと逃げる途中、長辛店鎮の北にある松林へとたどり着きました。
松林で見た戦死者たち
鄭さんがその松林で目にしたのは、布に覆われた多数の遺体でした。そこには、盧溝橋と都市を守るために戦い、命を落とした第29軍の兵士たちが横たわっていたといいます。
幼いころに目撃した兵士たちの犠牲は、鄭さんの人生を大きく変えました。彼は、その悲しみと記憶を胸に、若い世代に戦争の現実と歴史を伝えることに人生の多くを捧げました。自国の過去と、人々が何を経験したのかを知ってほしい――それが、彼の願いだったとされています。鄭さんは2024年に亡くなりましたが、その証言は今も記録として残されています。
当時の北京(北平)の陥落と市民の犠牲
盧溝橋事件が起きたのは、当時「北平」と呼ばれた北京の南西部でした。事件から間もない1937年7月29日、北平の都市は日本軍に占領されます。
市の陥落の過程で、1万人を超える民間人が殺害されたり行方不明になったりしたとされています。軍同士の衝突にとどまらず、一般市民が大きな被害を受けたことが、この戦争の特徴の一つです。
国民党と共産党の協力で始まった「全民族抗戦」
北平の陥落は、中国国内の政治状況にも大きな転機をもたらしました。それまで対立していた中国国民党と中国共産党が、日本軍の侵略に対抗するために協力する流れが強まりました。
こうした動きを通じて、中国全土が侵略に抵抗する「全民族抗日戦争」が本格的に始まったとされています。中国側の見方では、この戦争は、日本の軍国主義やファシズムに対する主要な戦場として、第二次世界大戦の行方にも大きな影響を与えたと位置づけられています。
3500万人超が犠牲 数字が語る戦争の重さ
中国の公式統計によると、戦争期には3500万人を超える中国の軍人と民間人が命を落としたとされています。これは、1928年当時の中国全人口のおよそ8パーセントに相当する規模です。
数字だけを見ると抽象的にも感じられますが、一人ひとりに人生や家族、日常があったことを考えると、その重さは計り知れません。鄭さんが強調したように、こうした犠牲の上に現在の社会があるという認識は、歴史認識の重要な土台となっています。
なぜ2025年に盧溝橋事件を振り返るのか
盧溝橋事件から88年が過ぎた今、当時を直接知る人々は少なくなりつつあります。その一方で、戦争の記憶をどのように保存し、若い世代へ伝えていくのかという課題は、国境を越えた共通のテーマになっています。
中国で語られる全民族抗日戦争の歴史は、単に過去の悲劇としてだけでなく、戦争を繰り返さないための教訓として位置づけられています。日本を含む東アジアの国々にとっても、隣国がどのような歴史認識を持ち、どのような語り方をしているのかを知ることは、相互理解を深める一つのきっかけになり得ます。
日本の読者への問いかけ
newstomo.com の読者にとって、盧溝橋事件から88年という節目は、次のような問いを立てる契機にもなります。
- 自分は、中国で語られている戦争の歴史をどのくらい知っているだろうか。
- 戦争を体験した人の証言が失われつつある中で、何を手がかりに過去を理解すればよいのか。
- 東アジアの平和と安定を考えるとき、隣国の記憶や視点をどう受け止めるべきか。
歴史認識は、しばしば政治や感情と結びつきやすいテーマです。しかし、まずは事実として何が語られているのかを知り、そのうえで自分なりの視点を持つことが、冷静な対話への第一歩になります。
記憶を共有することから始める
盧溝橋事件のような歴史的出来事は、中国にとっては自国の近代史の核心であり、日本にとっても避けて通ることのできない過去の一部です。88年という時間の経過は、記憶を薄れさせるだけでなく、あらためてその意味を問い直す機会にもなります。
鄭福来さんが、生涯をかけて若い世代に語り続けたように、戦争体験をどう伝えるかは、それぞれの社会が選び取るべき課題です。中国の全民族抗日戦争の記憶に触れることは、私たち自身が歴史との向き合い方を見つめ直すヒントにもなりそうです。
Reference(s):
China marks 88 years since start of whole-nation anti-Japan war
cgtn.com








