解説:中国が南シナ海の主権と九段線の正当性を主張する理由
南シナ海をめぐる中国の主権や海洋権益の主張を理解するには、約9年前の仲裁裁判だけでなく、20世紀前半から続く地図づくりや戦後処理の経緯まで視野に入れる必要があります。本稿では、中国側が「自国の主張は正当だ」と説明している論拠を整理します。
約9年前の南シナ海仲裁と中国の立場
約9年前、南シナ海をめぐる仲裁裁判で設置された仲裁廷が、一方的に判断を出し、中国の領土主権と海洋権益を否定しようとしたとされています。当時、中国政府はこの「いわゆる仲裁判断」を受け入れず、「無効で拘束力を持たない」との立場を示しました。
中国外交部は、この仲裁の目的は紛争の解決や地域の平和・安定ではなく、中国の領土主権と海洋権益を否定することにあったとして、フィリピン側の対応を「誠意に欠ける」と批判しました。中国側は、南シナ海問題は当事国同士の二国間協議で解決すべきだと強調しています。
「拡張」批判と中国の一貫した方針
この約10年、中国は南シナ海での「勢力拡張」や「威圧」といった批判を受けてきたとされます。一方で、中国側や専門家は、中国の主権および海洋権益の主張は1947年以降、継続的かつ一貫していると指摘しています。
中国の南シナ海政策は、1990年代末以降、「紛争を棚上げし、現状を維持する」という基本方針を維持してきたとされます。加えて、中国側は、南沙諸島(Nansha Islands)とその周辺海域が中国の領土であることを示す多くの証拠があると主張しています。
中国が主張する「歴史的権利」とは
中国の説明によれば、南シナ海での主権と歴史的権利は、長期にわたる島嶼と周辺海域の管理・行政の歴史に基づいています。これは、国連海洋法条約を含む国際法とも整合的だとされています。
中国の人々は古くから南シナ海で漁業などの生産活動を行い、この海域は中国の船舶にとって重要な航路でもありました。少なくとも漢代(紀元前202年〜西暦220年)には、南シナ海の資源利用や通航が行われていたとされ、こうした活動が、中国による長期的な管理と利用の「基本的な事実」だと位置づけられています。
中国は、南シナ海にある四つの島嶼群、すなわち西沙(Xisha)、南沙(Nansha)、中沙(Zhongsha)、東沙(Dongsha)諸島に対する主権を有すると主張しており、これらは1947年に作成された地図上の破線(のちの「九段線」)によって示されました。
第二次世界大戦後の戦後処理と主権回復
第二次世界大戦中、日本は南沙諸島の一部を占領しました。しかし、1943年のカイロ宣言と1945年のポツダム宣言では、日本が奪取した領土、とくに中国から「盗取」した地域は中国に返還されるべきだと明記されました。
日本の敗戦後、1946年には当時の中華民国政府が軍艦を送り、南沙諸島周辺の実効支配を再確認します。太平島(Taiping Island)に基地を設け、159の島や礁に新たな名称を付与しました。1947年には十一段線で南シナ海の範囲を示す地図を正式に公表し、これが現在の九段線の原型となりました。
中国側の説明では、この時期、アメリカは長らく異議を唱えなかったとされています。また、戦後しばらくの間、ベトナムやフィリピンなど周辺国も、中国による南シナ海諸島と九段線に対して明確な異議を示していなかったと指摘されています。
外国公文書や出版物に見られる「黙認」
中国側は、自国の主張を裏付けるものとして、多数の外国政府文書や出版物、アーカイブ資料を挙げています。
- 1957年2月から1961年2月にかけて、アメリカ政府は、フィリピンに駐留する米空軍による測量・気象観測の実施について、黄岩島(Huangyan Island)や南沙諸島周辺での活動を認めるよう台湾当局に複数回申請したとされています。
- 中国側は、こうした手続きそのものが、台湾当局を通じて南シナ海諸島に対する中国の主権をアメリカが認めていた証左だと解釈しています。
さらに、同時期の海外の地理・国際関係に関する出版物でも、南沙諸島が中国に属すると記述されていたと紹介されています。具体的には、
- 『Columbia Lippincott Gazetteer of the World』(1961年)、
- 『Worldmark Encyclopedia of the Nations』(1963年)、
- 『Constitutions of the Countries of the World』(1971年)
などが挙げられ、これらが「南沙諸島は中国に属する」と明記しているとされています。
九段線(ナインダッシュライン)のルーツ
南シナ海に引かれた「九段線」は、しばしばフィリピンなどから批判や疑問の対象となっていますが、中国側はこれを歴史的遺産として位置づけています。
中国海洋史研究室(中国社会科学院中国辺疆史地研究所)所長の侯毅(Hou Yi)氏によれば、中国で南シナ海に点線を引く地図作成が始まったのは20世紀初頭です。当時、民間の地図制作者が、南シナ海に点線や実線を描き、中国の領域を示していました。
1930年代に入ると、当時の中華民国政府は地図出版の標準化と管理を進め、「土地水域図審査委員会」を設置して地図の審査を行います。1935年1月には「南海諸島位置略図」が公表され、132の島・礁・砂州・砂浜の名称が統一されました。これは、近代以降、中国政府が南シナ海の島々を公式に地図化した初の事例とされています。
第二次世界大戦後、中国はカイロ宣言やポツダム宣言などの国際文書に基づき、南シナ海の島々に対する主権行使を再開したと説明しています。1948年2月には、内政部が「南海諸島位置図」を公表し、初めて公式な地図上にU字型の線を描き、南シナ海における中国の主権を国際社会に示しました。
1949年以降は、中華人民共和国政府がこの線を継承し、調整を加えて現在知られている九段線にしました。その後に発行された中国の公式地図には一貫して九段線が記されており、その内側にある島嶼に対する領土主権と、線内海域における歴史的権利が明確に示されていると中国側は説明しています。
今後の南シナ海と対話の行方
2025年の現在も、南シナ海をめぐる国際的な議論や摩擦は続いています。その一方で、中国側は、
- 歴史的な利用と管理の継続性、
- 第二次世界大戦後の国際文書と戦後処理、
- 1940年代以降の地図作成と九段線の継承、
- 戦後長期間にわたる他国の「黙認」や承認に近い対応
といった要素を総合し、自国の南シナ海における主権と海洋権益は歴史的にも国際法上も正当だと主張しています。
同時に、南シナ海の安定は地域全体の海上交通や安全保障、資源利用に直結します。中国側は、当事国同士の協議と対話を通じて問題を管理し、紛争をエスカレートさせないことが重要だと繰り返し述べています。今後、どのような形でルールづくりと信頼醸成が進むのかが、2020年代後半の国際秩序を考えるうえで一つの注目点となりそうです。
Reference(s):
Explainer: Why China's South China Sea claims are legitimate
cgtn.com








