夜の閩江からスケッチする福州 2025年中米青年合唱祭と若者のまなざし video poster
中国の都市・福州を流れる閩江(みんこう)を行くナイトクルーズの船上で、ひとりの合唱団メンバーが夜景から目を離せずにいました。Utah Valley Choral Scholars(ユタ・バレー・コーラル・スカラーズ)のロビン・ヴァン・コットさんです。ロビンさんは、ゆっくりと流れていく街の輪郭をスケッチブックに描きとめていました。彼女が中国を訪れているのは、「2025 China-US Youth Choir Festival(2025年中米青年合唱祭)」に参加するためです。
夜の閩江から眺める「動く都市」を描く
閩江のナイトクルーズでは、水面に映る街の光や、橋のイルミネーション、高層ビルのシルエットが刻々と変化していきます。ロビンさんは、その一瞬一瞬を逃すまいと、視線を窓の外に固定しながらペンを走らせていました。
写真で「撮る」のではなく、手で「描く」ことを選んだロビンさん。スケッチは時間のかかる行為でもありますが、その分、目の前の風景を細部まで観察し、自分の中でかみしめるプロセスでもあります。船が進むにつれて、紙の上には福州の街の輪郭が少しずつ浮かび上がっていきました。
2025年中米青年合唱祭という舞台
ロビンさんが乗るこの船旅は、「2025 China-US Youth Choir Festival(2025年中米青年合唱祭)」のプログラムの一場面です。名前が示すように、中国とアメリカの若者による合唱団が参加する催しで、音楽を通じた交流の場になっていると考えられます。
ステージでの歌声のやりとりだけでなく、こうした街歩きやクルーズといった体験を通じて、参加する若者たちは互いの国の「日常」に触れていきます。観光名所の記念写真ではなく、自分の視点でとらえたスケッチを残そうとする姿勢には、「相手の社会を深く理解したい」という静かな意欲も感じられます。
スケッチが映し出す、ゆっくりとした理解
デジタルカメラやスマートフォンで何十枚も写真が撮れる時代に、あえてペンと紙でスケッチする行為は、どこか逆行しているようにも見えます。しかし、だからこそ見えてくるものもあります。
- 風景をじっくり観察しなければ描けない
- 限られた時間の中で、何を切り取るかを自分で選ばなければならない
- 記録であると同時に、自分の感情やまなざしも絵に刻まれる
このプロセスは、国や文化の違いを理解するプロセスにもよく似ています。表面的な情報を短時間でインプットするのではなく、時間をかけて相手の社会を観察し、自分の中で意味づけていく。ロビンさんのスケッチは、そんな「ゆっくりとした理解」の象徴といえるかもしれません。
若い世代が見ている中国の都市像
今回のエピソードは、海外から訪れた若者が中国の都市をどう見ているのかを、ささやかに映し出しています。夜の閩江から見える福州は、ネオンやビル群のダイナミックな景色であると同時に、川沿いの生活や、人々の往来が織りなす日常の舞台でもあります。
そうした風景を、自分の手で描きとめようとする行為には、「ここで暮らす人たちの視点に少しでも近づきたい」という思いもにじみます。音楽という共通言語に加えて、街の景色をじっと見つめる時間そのものが、国境を越えた対話のきっかけになっているといえるでしょう。
日本の私たちへのヒント
日本でも、海外との文化交流や留学、研修の機会は少しずつ広がっています。遠くの国について考えるとき、ニュースやSNSの断片的な情報だけで判断してしまいがちですが、ロビンさんのように「よく見る」「自分の手で描いてみる」という姿勢は、私たちにもヒントを与えてくれます。
もしあなたが海外を訪れる機会があれば、スマートフォンのカメラを構える前に、少しだけ立ち止まって風景を眺めてみる。あるいは、紙とペンで簡単なスケッチをしてみる。そんな小さな行動が、その土地の文化や人びとを理解するための第一歩になるのかもしれません。
2025年中米青年合唱祭の一場面として切り取られた、福州の夜とひとりの合唱団メンバーのスケッチ。その静かな時間は、国をこえた若者同士の対話が、今も着実に続いていることを物語っています。
Reference(s):
cgtn.com








