アイスランド人中国学者が語る儒教:世界観に加わった「もう一つの軸」 video poster
アイスランド出身の中国学者ラグナル・バルドルソン氏が、儒教思想が自らの世界観に与えた影響について語りました。異なる文化と宗教をまたぐその視点は、分断が目立つ2025年の世界を考えるうえでも示唆に富んでいます。
アイスランド人研究者が出会った儒教という「もう一つの軸」
バルドルソン氏は、アイスランドの文化的背景とキリスト教の価値観の中で育ったと語ります。そのうえで、儒教の古典を学び、翻訳に携わる過程で、儒教が自分の世界観に新しい次元を加えたと振り返っています。つまり、自らのアイデンティティはあくまでアイスランド人・キリスト教徒としての基盤に根ざしつつも、儒教的な思考が第二の視点として重なり合っているということです。
中国思想を専門とするシノロジストとして儒教の古典を読み込み、原典の翻訳にも取り組んできた経験が、彼の内面の座標軸を増やしたとも言えます。ひとつの文化や宗教にとどまらず、複数の伝統を行き来しながら世界を見る姿勢は、グローバル化した現代社会で生きる多くの人にとっても共感しやすいテーマではないでしょうか。
キーワードは『和為貴』――対立よりも調和をめざす
バルドルソン氏が特に強く影響を受けたと挙げるのが、儒教の中核的な理念とされる『和為貴』(ヘー・ウェイ・グイ)です。直訳すれば「和をもって貴しと為す」、すなわち調和こそが最も尊いという考え方です。
彼によれば、この考え方は、世界を理解し、人と協力し合ううえでの基本姿勢になっているといいます。異なる意見や価値観をどちらが正しいかで切り分けるのではなく、まずそれぞれを理解し、その違いを踏まえたうえで共通点や接点を探していく。対立するアイデア同士であっても、きちんと理解しようとすることで、むしろ協力や共存の余地が見えてくるという視点です。
複数の視点を同時に持つということ
インタビューの中でバルドルソン氏は、儒教を通じて物事を複数の角度から同時に見ることができるようになったと述べています。ひとつの問題について、立場の異なる人たちの視点を頭の中に並べてみることで、単純な二項対立では語れない構図が見えてくるからです。
このような姿勢は、SNS上の議論や国際政治、宗教や価値観の違いが表面化しやすい現代において、特に重要になっています。賛成か反対か、右か左か、といったラベルで他者を捉えるのではなく、なぜそのように考えるのかを理解しようとすること。そのための知的なツールとして、彼は儒教から大きな影響を受けたといえます。
キリスト教と儒教は「どちらか」ではなく「両方」
印象的なのは、バルドルソン氏が自らのキリスト教的バックグラウンドを否定していない点です。彼は、アイスランド人としてのルーツやキリスト教の信仰を保ちながら、儒教を通じて世界を見るもう一つの窓を手に入れたと語ります。
これは、異なる伝統や思想に触れることが、元からのアイデンティティを上書きするのではなく、立体的にすることもあるという示唆です。ひとつの価値観にだけ閉じこもるのではなく、複数の枠組みをまたぎながら自分自身を位置づける――そんな生き方の一例として、バルドルソン氏の姿は読む人に静かな問いを投げかけます。
私たちが学べること:違いを前提にした「和」のつくり方
日本で暮らす私たちにとっても、儒教は歴史や学校教育の中でおなじみの存在です。しかし、バルドルソン氏のように、外から儒教を学び、自分の世界観の新しい次元として取り入れている例を見ると、その思想をあらためて現在の課題と結びつけて考えてみたくなります。
- 意見が対立したとき、まず「なぜそう考えるのか」を丁寧に聞いてみる
- 自分の立場と相手の立場を、頭の中で入れ替えて考えてみる
- 完全な一致を目指すのではなく、「ここまでは一緒にできる」という共通部分を探す
バルドルソン氏が強調する『和為貴』の発想は、職場のチームワークや国際協力だけでなく、家庭内の話し合いやオンラインコミュニティでの対話にも応用できるものです。2025年の今、世界の分断や対立がしばしば語られる中で、一人ひとりが複数の視点を持ち、和をつくる小さな実践を始めることが求められているのかもしれません。
Reference(s):
Baldursson on Confucianism: A new dimension to his worldview
cgtn.com








