ALSと闘う19年、中国の「毎日のヒーロー」夫婦の物語
ALS(筋萎縮性側索硬化症)と闘いながら19年以上生きてきた一人の男性と、そのそばで支え続ける妻がいます。平均3〜5年とされるALS患者の生存期間を大きく超え、2人は中国で数千の家族に希望を届ける存在になっています。
ALSと共に生きる19年:奪われていった「当たり前」
劉吉軍(リウ・ジジュン)さんは、ALSと診断されてから19年以上が経ちました。ALSは、脳や脊髄の神経細胞が徐々に障害されていく進行性の神経変性疾患で、筋肉を動かす機能が少しずつ失われていきます。
診断からわずか3年半のうちに、劉さんは食べること、歩くこと、話すことといった日常の動作のほとんどを失いました。症状が進行する中で、気道を確保するための気管切開手術も受けています。
ALSとはどんな病気か
ALSは、脳と脊髄の運動神経細胞が徐々に死んでいくことで、全身の筋力が低下していく病気です。意識や知能は保たれたまま、体を動かす機能だけが奪われていくことが多く、患者本人と家族に大きな精神的負担をもたらします。一般的に生存期間は3〜5年とされており、19年以上という劉さんの歩みは、極めて長い闘病の歳月だと言えます。
介護未経験の妻が「看護の専門家」に
劉さんの妻、王金環(ワン・ジンフアン)さんは、夫が病を告げられた当初、ALSという病名すら覚えられないほど、この病気について何も知りませんでした。それでも、夫の命を支えるために、彼女はフルタイムの介護者になる決断をします。
食事、体位の変更、呼吸の管理、日々のコミュニケーションまで、王さんは次第に劉さんの生活のすべてを担うようになりました。独学と現場での経験を積み重ねるなかで、いまでは専門の看護師に匹敵するほどの知識と技術を身につけています。
かつては病名も言えなかった一人の妻が、長年のケアを通じて、患者と家族の頼れる存在へと変わっていった過程には、家族介護のリアルと可能性が凝縮されています。
中国初のALS患者団体「東方雨ALSケアセンター」
2人の歩みは、家庭の中にとどまりませんでした。劉さんと王さんは、中国初のALS患者団体となる「東方雨ALSケアセンター(ORACC)」を立ち上げます。
王さんはさらに、中国におけるALS治療の第一人者である范東生(ファン・ドンション)教授とともに、中国で初めてのALSリハビリテーション手引きを共同執筆しました。病気と向き合うなかで得た知識と経験を、他の患者や家族と共有するための一歩です。
現在、この慈善団体はこれまでに4000人以上のALS患者を支え、数千の家族に希望を届けてきました。この活動は、中国で暮らすALS患者と家族にとって、心のよりどころとなっています。
16歳から続く「病気に負けない」パートナーシップ
劉さんと王さんが出会ったのは、2人が16歳のときでした。若き日の出会いから今日に至るまで、2人は常にそばに寄り添い合ってきました。
病気が進行し、言葉を発することも難しくなった今でも、その関係は変わりません。王さんは献身的な介護者であると同時に、生涯のパートナーとして、劉さんと「病気があっても人生をあきらめない」という約束を日々更新し続けています。
2人の物語は、「病気になっても、愛と誓いは揺らがない」というシンプルで強いメッセージを投げかけています。
「毎日のヒーロー」はどこにでもいる
この物語は、特別な一組の夫婦のストーリーであると同時に、重い病気や障害と共に生きる多くの人々と家族の姿を象徴しています。華やかな舞台に立つわけではなくても、日々のケアと支え合いの中で生まれる「普通の勇気」は、まさに「毎日のヒーロー」と呼ぶにふさわしいものです。
劉さんと王さんの歩みは、次のような問いを私たちに投げかけています。
- 家族が長期の介護を担うとき、周囲はどう支え合えるのか。
- ALSのような難病と生きる人々に、社会はどんな形で希望を届けられるのか。
- 病気や障害があっても、自分らしい人生や役割を見つけるために何ができるのか。
ALSやその他の難病は、誰にとっても他人事ではありません。中国で「毎日のヒーロー」と呼ばれるこの夫婦の物語は、2025年の今を生きる私たち一人ひとりに、身近な人との関係や支え合いのあり方を静かに見つめ直すきっかけを与えてくれます。国際ニュースを日本語で読むことで、遠くの出来事のように見える話も、自分の日常と地続きの問題として感じられるのではないでしょうか。
Reference(s):
cgtn.com








