中国アニメ映画『Nobody』 西遊記を妖怪目線で描く制作舞台裏 video poster
中国アニメ映画『Nobody』は、古典『西遊記』を妖怪たちの視点から描く新しい試みとして注目を集めています。2025年8月2日に公開された本作の制作舞台裏を、中国本土を拠点とする国際メディアCGTNがミニドキュメンタリーとして紹介しました。
『Nobody』とはどんな作品か
長編アニメ映画『Nobody』は、中国の古典小説『西遊記』をベースにしながらも、視点を大きく入れ替えた作品です。物語の主役は、僧・三蔵法師(作中では唐三蔵)とその弟子たちではなく、Langlang山に暮らす妖怪たちです。
この作品では、中国神話に登場する妖怪、いわゆるyaoguai(ヤオグアイ)が物語の中心に据えられます。4人の名もなき妖怪たちが、ひょんなことから唐三蔵一行になりすましてしまい、聖なる経典を求める旅に出ることになります。
観客におなじみの「西へ向かう旅」はそのままに、主人公を人間側から「名もなき存在」へと移すことで、物語はコミカルでアクション満載のロードムービーに変わります。タイトルの『Nobody』には、「名もない者たち」の視点から世界を見るというテーマがにじんでいます。
CGTNが伝える制作の舞台裏
CGTNは、この『Nobody』の制作過程に焦点を当てたミニドキュメンタリーを制作しました。作品が「どのようにして生まれたのか」を短い映像で追う、いわばメイキング映像です。
ミニドキュメンタリーでは、古典『西遊記』というよく知られた題材を、どう現代の観客に響く物語へと再構成するのかという点が重要なテーマになっています。妖怪たちを主役に据えながら、原作の世界観や旅のモチーフをどのように保ちつつ、笑いとアクションを組み合わせていくのか。その試行錯誤が、制作の裏側から伝わってきます。
また、中国神話に登場するyaoguaiを魅力的なキャラクターとして描き出すためには、デザインや動き、表情づくりが鍵になります。ミニドキュメンタリーは、そうした創作の工夫を、現場の雰囲気とともに伝える内容になっています。
妖怪目線の『西遊記』が投げかける問い
『Nobody』の特徴は、「正義の味方」として描かれがちな三蔵法師一行ではなく、これまで脇役や敵として扱われてきた妖怪たちに目を向けていることです。
日本でも『西遊記』はテレビドラマや漫画、アニメを通じてなじみ深い物語ですが、その多くは三蔵法師や孫悟空の成長と冒険を軸にしたものです。『Nobody』はそこから一歩ずらし、「誰にも名前を覚えられない存在」から見た世界を描こうとしています。
この視点の転換は、単なるギャグやパロディにとどまりません。誰が「主役」で、誰が「モブ」なのか。物語の外側に押しやられてきた存在にスポットライトを当てることで、観客は自分自身の立ち位置や、社会の中の「名もなき人びと」に対する見方を、少しだけ問い直すきっかけを得るかもしれません。
日本の視聴者にとっての見どころ
日本の視聴者にとって、今回のミニドキュメンタリーと『Nobody』には、次のようなポイントがあります。
- なじみのある『西遊記』を、妖怪たちの視点から描き直すという発想の転換
- アクションとコメディを組み合わせた中国アニメならではのテンポやユーモア
- 中国本土のスタジオがどのようなプロセスで長編アニメを作っているのかを知る手がかり
特に、日本でも人気の高い中国古典を題材にしているため、「同じ原作を、別の文化圏ではどう料理しているのか」を比較しながら見ると、より楽しめます。日本発の『西遊記』作品と見比べてみると、キャラクター像や物語の重点の置き方の違いが浮かび上がってくるでしょう。
アジア発アニメーションの広がりの一例として
『Nobody』とそのメイキングを追うミニドキュメンタリーは、アジア発のアニメーションが多様な表現を模索していることを示す一例でもあります。古典文学や神話を、いまの観客にとって身近で笑えるエンターテインメントに変えていく過程は、日本のアニメや映像作品とも通じる部分が少なくありません。
通勤時間やスキマ時間にミニドキュメンタリーで制作の背景に触れ、本編では妖怪たちの旅を楽しむ。そうした二段構えの視聴の仕方は、作品世界への理解を深めるだけでなく、中国アニメの現在地を知るささやかな入り口にもなりそうです。
Reference(s):
cgtn.com








