中国アニメ映画『Nobody』 名もなき妖怪が主役の現代寓話 video poster
中国の古典小説『西遊記』に登場する名もなき妖怪たちが、今年8月2日に公開された中国アニメ映画『Nobody』で主役に躍り出ました。CGTNの独占インタビューでは、制作チームがこの作品を通じて、現代を生きる「ふつうの人」の葛藤や成長をどう重ね合わせたのかを語っています。
中国アニメ映画『Nobody』とは
『Nobody』は、中国の古典『西遊記』を下敷きにしながらも、これまであまり注目されてこなかった「背景のキャラクター」に焦点を当てたアニメ映画です。原作の世界では通り過ぎていく存在だった妖怪たちが、本作では物語の中心に据えられます。
彼らが挑むのは、おなじみの「経典を手に入れる旅」。しかしCGTNの紹介によると、その旅路はただの冒険ではなく、「激しくおかしく、そして深く心を動かす」物語として描かれています。
名もなき妖怪「yaoguai」に光を当てる
作品の鍵を握るのが、中国の神話や民間伝承に登場する超自然的な存在「yaoguai(妖怪)」です。『Nobody』では、名前も知られないこうした存在たちの喜びや悲しみが丁寧に描かれます。
- これまで忘れられがちだった脇役が、物語の語り手になる
- コミカルなやり取りの中に、さりげなく切なさや孤独感がにじむ
- 「人ならざるもの」である彼らの迷いや選択が、むしろ人間らしさを際立たせる
制作チームはインタビューの中で、こうした名もなきyaoguaiたちの「喜びと悲しみ」をどうスクリーンに息づかせたのか、その工夫を明かしています。
旅は「現代の寓話」へ──私たちの日常とつながる物語
『Nobody』の特徴は、「経典を求める旅」を現代の寓話(アレゴリー)として再構成している点にあります。インタビューによると、この旅は単なるファンタジーではなく、自己発見や成長を目指すごく普通の人びとの姿を映し出すものとして描かれています。
物語の中で妖怪たちが直面するのは、どこかで見覚えのあるような課題です。
- 自分の価値はどこにあるのかを探す不安
- 小さな成功や失敗に一喜一憂する日々
- 周囲から「名前のない存在」と扱われるつらさ
こうしたテーマは、仕事や学業、家庭、人間関係などで模索を続ける多くの人の心情と重なります。ファンタジー世界の出来事でありながら、「これは自分の話かもしれない」と感じさせるところが、この作品の大きな魅力といえそうです。
制作陣が語る「つくり方」──笑いと涙のバランス
CGTNの独占インタビューには、エグゼクティブ・プロデューサーのZhang Jingwenさん、プロデューサーのYang Shaさん、監督のZhao Yingさんら制作チームが登場し、『Nobody』のメイキングについて語っています。
「おかしさ」と「切なさ」を同時に描く
インタビューの説明によると、彼らが目指したのは、「激しくおかしい」のに「深く心を動かす」物語です。テンポの良いギャグや予想外の展開で観客を笑わせつつ、その裏側に、名もなき存在として生きることの痛みや、そこからにじみ出る優しさを描こうとしています。
このバランス感覚があるからこそ、観客はスクリーンの中の妖怪たちに感情移入し、自分自身の経験や記憶を重ね合わせることができます。
「誰でもない」から「自分」へ──観客への静かな問いかけ
タイトルの『Nobody(誰でもない)』は、名前を持たない妖怪たちだけでなく、「特別ではない」と感じながら生きる多くの人びとをも指しているように読めます。
経典を求める旅が進むにつれて、登場するyaoguaiたちは、自分が何者でありたいのか、何を大切にしたいのかを少しずつ見つけていきます。その過程は、日々の小さな選択の積み重ねの先にある「自己発見」と「成長」の物語でもあります。
CGTNのインタビューが示すように、『Nobody』は壮大なヒーロー譚ではなく、名もなき存在たちの静かな変化を描く作品です。だからこそ、観終わったあとにふと立ち止まり、「自分にとっての経典とは何だろう」「自分は何を求めて歩いているのだろう」と考えてみたくなるかもしれません。
古典と現代をつなぐ国際ニュースとしての一面
『西遊記』という古典を、名もなき妖怪たちの視点から描き直す『Nobody』は、中国アニメの現在を知るうえでも興味深い作品です。クラシックな物語を、現代の観客が共感しやすい「自己発見の旅」として語り直す試みは、今後のアジア発アニメにもつながる流れのひとつと言えるでしょう。
中国アニメやアジアのカルチャーに関心のある読者にとって、『Nobody』のメイキングを伝える今回のCGTN独占インタビューは、物語の裏側と制作チームの視点を知る手がかりとなります。名もなき妖怪たちの旅路を、あなた自身の物語として重ね合わせながら見てみると、新しい発見があるかもしれません。
Reference(s):
cgtn.com








