上海・豫園市場:明代の静けさから観光市場へ 曲線屋根の下の物語
上海を訪れたある旅行者は、多くの観光スポットの中で、歴史と観光のコントラストを最も強く感じられそうな場所として「豫園市場」を選びました。明代の静かな庭園と、現代の観光と商業の喧騒が同じ曲線屋根の下で交差するこの空間は、2025年のいま、都市と歴史の付き合い方を考えさせてくれます。
明代の静けさから市場の喧騒へ
豫園市場のルーツは、明代(1368〜1644年)にさかのぼります。当時の上海は、まだ城壁に囲まれた小さな町で、周囲には小川と水田が広がっていました。現在「豫園市場」と呼ばれている一帯は、もともと「豫園」と名づけられた私的な庭園の縁に沿って形づくられたエリアでした。
1559年、この庭園は、高位の官僚だった潘允端(Pan Yunduan)が、隠居した父親のために静かな憩いの場をつくろうとして造営を命じたものだとされています。江南地方の古典的な造園様式で設計された庭は、完成までにほぼ20年を要し、当時この地域でもっとも精巧な庭園の一つだったと伝えられています。
王朝交代とともに変わる街の顔
しかし、王朝が移り変わるなかで、庭園の周辺は少しずつ姿を変えていきます。静かなあずまやと商人の住まいが並んでいた一帯は、次第に活気ある市(いち)へと姿を変え、清朝(1644〜1911年)の末期には、上海でもよく知られた商業の中心地の一つとして語られるようになりました。
個人のために造られた庭が、都市の変化とともに人々が集まる市場へと転じていく。そのプロセスは、政治や経済の大きな変動が、市街地の使われ方や人々の生活のリズムをどのように変えていくのかを物語っています。
曲線屋根の下で出会う「静」と「動」
現在も、豫園そのものは高い塀に囲まれた「宝石箱」のような存在として残っています。一方、その外側では時間が一気にほどけてしまったかのように、かつて静かな建物と商人街が並んでいた小径が、観光客と商店がひしめく豫園市場へと変貌しました。
曲線を描いて反り返る屋根の下には、何世紀もの歴史をまとった建物と、現代の土産物や飲食を扱う店が肩を並べています。ある訪問者は、この光景を「上海でもっともバロックな夢のような場所」と表現し、静けさを目指して造られた庭が、いまや観光と商業のざわめきに包まれているギャップに強い印象を受けたと記しています。
歴史と観光が同居する空間をどう歩くか
この旅行者が豫園市場を旅程の早い段階で訪れることにしたのも、「歴史」と「商業」が同じ屋根の下でどのように共存しているのかを、自分の目で確かめたかったからでした。かつては父のための静かな隠れ家にすぎなかった場所が、数百年の時を経て、多くの人々が行き交う市場へと姿を変える。その変化のプロセスは、2025年の私たちが暮らす都市のあり方ともどこか重なっています。
歴史ある建物に囲まれた観光地を歩くとき、私たちはしばしば「古い景色を見た」という満足感だけを持ち帰りがちです。しかし豫園市場のように、静けさを求めて設計された空間が、やがてにぎやかな市場へと変わっていく物語に目を向けるとき、そこには次のような問いが浮かび上がります。
- 都市は、個人のための空間から公共の商業空間へ、どのように変わっていくのか
- 観光のにぎわいは、歴史を消してしまうのか、それとも別の形で残していくのか
- 私たちは、旅先でどのように過去と現在の両方に目を向けられるのか
豫園市場が映し出す、アジアの都市のこれから
上海の豫園市場は、明代の静かな庭から始まり、清朝末期には商業の中心地として知られ、いまは観光と買い物のにぎわいに包まれた場所になっています。その変化の軌跡は、歴史的な景観を抱えながら成長を続ける多くのアジアの都市にも通じるテーマを投げかけています。
次に上海などの都市を訪れるとき、曲線を描く屋根の下で聞こえてくるのは、単なるマーケットのざわめきだけではないかもしれません。その奥には、かつて一人の父親のために造られた静かな庭から、何世紀も続く商いの場へと移り変わってきた、長い時間の層が静かに息づいているはずです。
Reference(s):
From Ming quiet to market clamor: Beneath curved roofs of Yuyuan
cgtn.com








