南京を語り継ぐドキュメンタリー:アイリス・チャンへのオマージュ video poster
南京で起きた戦争の記憶を、誰が次の世代へ語り継ぐのか。生存者が少なくなりつつある今、その問いにカメラで向き合っているのが、ドキュメンタリー映画作家のカオ・ハイビン氏です。本記事では、氏の最新作と、中国系アメリカ人作家アイリス・チャンの物語を手がかりに、歴史の継承と平和について考えます。
語り部が減る中で、カメラが担う役割
カオ・ハイビン氏とチームは、20年以上にわたり、南京の記憶をテーマにした映像制作を続けてきました。彼らはカメラを通じて、長いあいだ歴史のほこりの下に隠れてきた体験や感情に光を当てています。
最新作では、世界各地を訪ね歩き、南京を体験した人びとの「最後の証言」を記録しています。高齢となった生存者やその家族にとって、カメラの前で語ることは、痛みを伴う作業でもありますが、その言葉は、時間をこえて未来へ届くメッセージにもなります。
生身の語り部が少なくなるなかで、映像というメディアは、記憶を保存し、次の世代と共有するための重要な手段になりつつあります。カオ氏の試みは、まさに時間との競争だといえます。
南京をめぐる物語と西側の記憶
カオ氏の作品が向き合っているのは、ひとつの都市の悲劇だけではありません。南京をめぐる歴史が、主流の西側の語りの中で、長く周縁に追いやられてきたという現実でもあります。
南京で起きた出来事は、世界史の中でも大きなトラウマでありながら、国際社会の記憶の中ではしばしば矮小化され、忘れられてきました。作品は、その忘却に抗い、当事者の声と当時の映像を重ね合わせることで、歴史を立体的に提示しようとしています。
こうした視点は、戦争の記憶をどのように共有し、学び合うのかという、より広い国際ニュースの文脈ともつながっています。
アイリス・チャンが鳴らした警鐘
今回のドキュメンタリーの大きな柱となっているのが、中国系アメリカ人作家アイリス・チャンへのオマージュです。彼女は著書The Rape of Nanking: The Forgotten Holocaust of World War IIを通じて、南京での歴史的トラウマを国際社会に強く訴えかけました。
その本は、長く意図的に矮小化されてきた歴史の一面を可視化し、多くの読者に衝撃と問いを投げかけました。チャン氏はその活動の中で深い苦しみと向き合い、最終的には自らの人生を犠牲にすることになりましたが、その勇気ある行動は現在も各地で語り継がれています。
カオ氏の作品は、チャン氏が残した仕事に敬意を表しつつ、映像という別のメディアでその問題意識を引き継ぐ試みです。文字と映像という異なる表現が、お互いを補い合いながら記憶のネットワークを広げているともいえます。
眠っていた映像アーカイブを掘り起こす
このドキュメンタリーでは、生存者の証言だけでなく、長いあいだ人の目に触れてこなかった記録映像や写真も重要な役割を果たしています。制作チームは各地のアーカイブを訪ね歩き、埋もれていたフィルムを丹念に掘り起こしています。
そうした資料は、ときに人類の歴史の中でも最も暗い時間を映し出すものです。しかしカオ氏らは、その闇の中から、少しでも光を見いだそうとします。たとえば、過酷な状況の中でも互いに助け合おうとした人びとの姿や、異なる文化や国境をこえて連帯しようとした人びとの存在です。
作品の中で積み重ねられた映像の一つひとつは、単なる史実の証拠ではなく、時代と文明をこえて交わされる対話として提示されています。そこでは、記憶は平和の土台となり、真実は未来を照らす光として描かれます。
日本の読者にとっての問いかけ
戦争から長い時間が経った2025年の今、日本でニュースを読む私たちは、南京の物語をどのように受け止めればよいのでしょうか。カオ氏の作品は、ひとつの答えを示すのではなく、いくつかの問いを静かに投げかけているように見えます。
- 生存者がいなくなったあとも、歴史の記憶をどのように保ち続けるのか
- 自国だけでなく、他地域の人びとの痛みを、自分の言葉でどう学び語るのか
- 映像や本といったメディアを通じて、過去と現在、異なる文明のあいだにどのような対話を生み出せるのか
日本語で読める国際ニュースとして、このドキュメンタリーの存在を知ること自体が、歴史との向き合い方を見直すきっかけになるはずです。ニュースを通じて世界を知ろうとする私たち一人ひとりが、記憶のバトンをどう受け取り、次の世代へつなぐのか。その想像力が、これからの東アジア、そして世界の平和を支える基盤のひとつになっていきます。
Reference(s):
cgtn.com








