米留学から故郷シーザンへ 教育格差に挑むチベット女性の10年 video poster
アメリカの大学を卒業してから10年。中国南西部のシーザン自治区(Xizang Autonomous Region)出身の女性、デチェン・ユドロンさんは、故郷に戻り「教育の公平さ」を広げるための活動を続けています。資金不足や周囲との意見の違いに直面しながらも、彼女は「一人ひとりが見られ、尊重される経験」を増やしたいという思いを手放していません。
アメリカ留学から、故郷の教室へ
デチェンさんは10年前、アメリカでの学びを終え、シーザン自治区に戻る道を選びました。海外で得た知識と経験を、自分を育ててくれた地域に還元したいと考えたからです。就職先として都市部の企業や研究機関を選ぶこともできましたが、彼女が選んだのは、山間部の学校や地域コミュニティと向き合う道でした。
彼女が重視しているのは、単に「進学率」を高めることではありません。家庭の事情や言語、文化的背景にかかわらず、子どもたちが自分の可能性を信じられる環境をつくることです。その視点は、留学時代に出会った多様な人々との対話の中で育まれたといいます。
「見えない子どもたち」を見える存在に
シーザン自治区のような地域では、地理的な条件や家庭環境、生活の忙しさなどから、学校に通い続けることが難しい子どももいます。教室に来ていても、言語や文化の違いから「発言しづらい」「居場所がない」と感じてしまう子もいます。
デチェンさんが目指す「教育の公平さ」は、次のような要素を含むものです。
- 通学のしやすさや、教室の設備といった「物理的なアクセス」
- 家庭の経済状況に左右されにくい学びの機会
- 地域の言語や文化を尊重しながら学べる環境
- 女の子も男の子も、自分の進路を主体的に選べる雰囲気づくり
彼女は、学校や地域の集会で対話の場をつくり、子どもたちだけでなく保護者や教師とも「どうすれば、より多くの子どもが学び続けやすくなるか」を一緒に考えてきました。そのプロセス自体が、子どもたちが「自分は大切にされている」と感じるきっかけにもなっています。
資金不足と「考え方の違い」という壁
とはいえ、こうした取り組みは、理想だけでは続きません。デチェンさんの活動には、常に資金不足という現実がつきまといます。教材の購入や学習スペースの整備、進学を望む生徒への支援には費用がかかりますが、地域の力だけではまかないきれない場面もあります。
もう一つの壁は、「教育」に対する考え方の違いです。早く働いて家計を支えてほしいと願う家族もいれば、進学させたいものの「女の子にそこまで教育は必要なのか」と迷う保護者もいます。地域の文化や価値観を尊重しつつ、子どもの選択肢を広げるには、時間をかけた対話が欠かせません。
彼女は、異なる意見を持つ人を「間違っている」と切り捨てるのではなく、「なぜそう考えるのか」を丁寧に聞き取ることを大切にしてきました。その積み重ねの中で、少しずつ信頼が生まれ、「とりあえず一度、試してみよう」という小さな一歩が各地で積み上がっているといいます。
それでも続ける理由──「尊重される経験」を広げたい
活動を続ける中で、デチェンさんは何度も迷い、落ち込む瞬間を経験してきました。それでも諦めなかった理由として、彼女は「誰かに本気で話を聞いてもらえた瞬間、人は表情が変わる」と感じた経験を挙げています。
教室で意見を求められたとき、初めて自分の言葉を最後まで聞いてもらえたとき──その小さな体験の積み重ねが、「自分には価値がある」「自分も社会の一員だ」という感覚につながっていきます。彼女が「見られ、尊重される経験」を大切にするのは、自身がかつてそうした経験に支えられてきたからでもあります。
現在も彼女は、地域の学校や保護者、外部の支援者とつながりながら、奨学支援や学習プログラムの改善、進路相談の場づくりなど、さまざまな形で教育の現場に関わり続けています。
日本から考える「教育の公平さ」
この物語は、中国南西部の一地域の話にとどまりません。日本でも、都市と地方、家庭の経済状況、家庭環境などによって、子どもたちの学びの条件は少しずつ違っています。国や地域は違っても、「教育の公平さ」をどう守るかという問いは共通しています。
デチェンさんの10年の歩みから、私たちが学べるポイントを整理すると、次のようになります。
- 数字だけでなく、「子ども一人ひとりの経験」に目を向けること。
- 意見が合わない相手とも、対話を続ける姿勢を持つこと。
- 遠くの地域の話として終わらせず、自分の身の回りの教育環境にも目を向けること。
国際ニュースを日本語で追うとき、私たちはしばしば「制度」や「統計」に注目しがちです。しかし、一人の人間がどのような選択をし、どのような困難に向き合い、どのように周囲を巻き込んでいくのかという視点も、世界を理解するうえで欠かせない要素です。
静かな変化は、地方から始まる
アメリカでの卒業から10年という時間の中で、デチェン・ユドロンさんの活動が地域全体を劇的に変えたわけではないかもしれません。それでも、通学をあきらめずにすんだ子ども、進学に挑戦することを選んだ若者、自分の文化や言葉を誇りに思えるようになった生徒たちが少しずつ増えているとすれば、その変化は決して小さくありません。
静かな変化は、しばしば人目につきにくい場所から始まります。中国南西部のシーザン自治区で続く一人の女性の挑戦は、教育の意味と、公平さとは何かを改めて問い直すきっかけを、私たちにそっと投げかけています。
Reference(s):
cgtn.com








