高原を照らす電力スカイロード パサン・ツェリンが見た25年 video poster
"Lighting up the plateau"──高原を照らすという英語のフレーズは、標高5,000メートル、気温マイナス42度の高原で電気の道を切り開いた一人の男性、パサン・ツェリンさんの25年の歩みを象徴しています。世界最高所の「電力スカイロード」が生まれ、バターランプのかすかな光がネオンのまぶしい輝きへと変わっていく過程を、彼は静かに見守ってきました。
高原を照らす「電力スカイロード」
標高5,000メートルに達する高原地帯に延びる送電線は、まさに空を走る電気の道です。人びとはそれを「電力スカイロード」と呼び、高原の暮らしを変える希望の象徴として眺めてきました。
約25年前、パサン・ツェリンさんは、その電力スカイロードの建設が始まる瞬間に立ち会いました。当時、高原の夜を照らしていたのは、動物の脂を使った小さなバターランプの炎だけでした。暗闇のなかでゆらめく光を守ることは、家族の暮らしと祈りを守ることでもありました。
マイナス42度、標高5,000メートルの鉄塔建設
気温はマイナス42度。空気は薄く、一歩踏み出すだけで息が切れる標高5,000メートルの世界で、巨大な鉄の鉄塔を建てる作業が続きました。
凍てついた地面に穴を掘り、一本一本の鉄材を組み上げていく作業は、過酷そのものです。工具も手もすぐに冷え切ってしまいますが、高原に電気を届けるという目的が、現場を支えていました。
こうして少しずつ鉄塔が立ち並び、やがて高原の空を横切る電線がつながっていきました。その姿は、遠く離れた発電所と小さな集落を結ぶ一本の命綱のようでもありました。
バターランプからネオンへ、25年の変化
送電線に電気が流れ始めた日、高原の人びとは、バターランプのあたたかな炎と、新しくともった電球の白い光を見比べたはずです。その場にいた一人が、パサン・ツェリンさんでした。
それからの約25年のあいだに、高原の夜の風景は大きく変わりました。家々には明るい照明がともり、店先にはネオンサインが灯り、通りを歩く人びとの足元を照らすようになりました。パサンさんは、かつて守り続けていたバターランプのゆらめく光が、ネオンの鮮やかな光へと変わっていく様子を、長い時間をかけて見届けてきたのです。
インフラがもたらす静かな変化
電気が安定して届くようになると、子どもたちは夜も明るい部屋で本を読み、大人たちは照明や冷蔵庫を使いながら、仕事や生活のリズムを変えていくことができます。医療や教育、情報へのアクセスも、少しずつ広がっていきます。
こうした変化は、派手なニュースとして取り上げられることは多くありません。けれども一本の鉄塔、一筋の送電線の先には、必ず具体的な暮らしがあります。マイナス42度、標高5,000メートルという極限の環境で建てられた鉄塔は、そのことを静かに物語っています。
2025年の今、高原の物語が問いかけるもの
2025年の今、高原の夜を照らす主役は、もはやバターランプだけではありません。電気の光が生活を支える一方で、昔ながらの灯りも、祈りや文化の一部として大切にされ続けています。古いものと新しいものが共存する姿に、エネルギーの転換期を生きる私たち自身の姿を重ねることもできるでしょう。
遠い高原で築かれた「電力スカイロード」の物語は、インフラが人の暮らしと選択肢をどう変えていくのかを静かに問いかけています。パサン・ツェリンさんが見守ってきた25年は、小さな灯りを守りながら、新しい光を受け入れていくためのヒントでもあります。
高原を照らすネオンの向こう側に、どんな未来を思い描くのか。国際ニュースを読み解く一人ひとりの読者にとっても、考える余白が残されています。
Reference(s):
cgtn.com








