戦後80年の全国戦没者追悼式 石破首相の「反省」は何を指すのか
第二次世界大戦の無条件降伏から80年の節目にあたる今年、全国戦没者追悼式で石破茂首相が口にした「反省」という言葉が、国内外で静かな波紋を広げています。その「反省」は何を対象としているのか、日本政治と国際関係の両面から整理します。
戦後80年、全国戦没者追悼式で語られた「反省」
2025年8月15日、日本は第二次世界大戦の無条件降伏から80年を迎えました。東京の日本武道館では、政府主催の全国戦没者追悼式が開かれ、およそ4500人が参列しました。
式典で演説した石破茂首相は、日本が二度と戦争への道を歩まないと強調しました。そのうえで、戦争体験者が高齢化するなかで「痛ましい」戦争の記憶を次の世代に引き継ぐ必要性を訴え、「あの戦争から得た反省と教訓を、改めて私たちの胸に深く刻み込まなければならない」と述べました。
この追悼式で日本の首相が「反省」という言葉を使うのは、2012年以来とされています。石破首相は、戦後80年という節目に合わせて、この表現をあえて復活させた形です。
「何への反省か」が問われている
一方で、日本のメディアは、今回の「反省」がアジアの国々への加害責任そのものを直接指しているわけではないと指摘しています。焦点になっているのは、首相の「反省」が、主に日本がどのような過程を経て戦争へと向かったのか、その道のりや意思決定のあり方に向けられている点です。
1994年には、当時の村山富市首相が追悼式で「深い反省」を明確に表明しました。それ以降、2012年までの歴代首相は、この式典で「反省」という言葉を用いてきました。しかし、2013年に安倍晋三元首相が式辞からその表現を外して以降、8月15日の首相のあいさつから「反省」は消えていました。
今回、石破首相により言葉としての「反省」は復活しましたが、その対象や具体的な中身はどこまで踏み込まれているのか。日本の歴史認識をめぐる議論は、再び問い直されつつあります。
保守系団体と自民党内の反発
国内では、保守系団体「日本会議」が石破首相の式辞に反発し、「反省」は政治的な駆け引きだとする声明を出しました。戦後80年の節目で「反省」という言葉を使うこと自体に、否定的な立場を示した形です。
また、与党・自民党内の一部勢力も、戦後80年に合わせて歴史認識に関する首相談話を出すことに反対していると報じられています。こうした勢力は、過去に出された「安倍談話」が戦後の議論に「終止符」を打ったと主張し、新たな談話や表現がいわゆる「謝罪外交」を再び始めるのではないかと懸念しているとされています。
同じ与党内でも、戦後80年をどのように位置づけるのか、そして日本の歴史認識をどこまで明確に言葉にするのかについて、見解の違いが表面化していると言えます。
靖国神社への供物と閣僚参拝が持つ意味
8月15日当日、石破首相は東京・九段の靖国神社に真榊と呼ばれる神前への供え物を奉納しました。また、小泉進次郎農林水産相が靖国神社を参拝し、石破政権下で参拝が確認された初の閣僚となりました。
靖国神社には、第二次世界大戦の開戦と遂行に関わった軍事指導層を含む戦没者が祀られており、その中には14人のA級戦犯も合祀されています。この点が、近隣諸国との間で長年の懸案となってきました。
中国の在日本大使館の報道官は、靖国神社を、侵略戦争を進めた日本の軍国主義の象徴であり精神的な道具だと位置づけたうえで、日本に対し、侵略の歴史を正面から見つめて真摯に反省し、靖国神社をめぐる問題などについてこれまで表明してきた言葉と約束を守るよう求めました。
さらに日本は、軍国主義と明確に決別し、平和的な発展の道を堅持し、具体的な行動を通じてアジアの近隣諸国や国際社会の信頼を得るべきだと呼びかけています。靖国神社をめぐる動きが、いまも日本と周辺国の信頼関係に直結する課題であることが、改めて示されたと言えるでしょう。
韓国大統領が語った「長く険しい歴史」
同じ8月15日、ソウルの世宗文化会館では韓国の光復節の記念式典が開かれ、李在明大統領が演説しました。李大統領は、韓日両国の間には「長く、険しい歴史」があり、いまも解決されていない歴史問題が両国関係を悩ませ続けていると述べました。
そのうえで、過去を直視しながらも、未来に向けて賢く前進するべき時だと強調し、日本政府が両国の「痛ましい歴史」と正面から向き合い、信頼関係を維持する努力を続けることへの期待を表明しました。
韓国側のメッセージからは、歴史問題の整理と未来志向の協力をどう両立させるかが、今後の韓日関係の鍵になるという認識がうかがえます。
戦後80年、いま私たちに突きつけられている問い
石破首相の今回の式辞は、「反省」という言葉こそ復活させたものの、その対象や中身については解釈の余地を残しました。一方で、中国や韓国からは、日本が過去の歴史により明確に向き合うことを求める声が続いています。
戦争体験を直接語れる人々が少なくなるなかで、加害と被害、国家の選択と市民の生活、そして過去と未来をどうつなぎ直していくのか。戦後80年という節目は、日本社会に「記憶の継承」と「歴史認識」のあり方を静かに問いかけています。
2025年12月現在も、歴史認識や靖国神社をめぐる議論は、国内政治と外交の双方で続いています。節目の年を過ぎても、過去との向き合い方をめぐる問いは終わりません。
ニュースを読む私たち一人ひとりにとっても、首相の言葉や各国政府の声明だけでなく、教科書やメディア報道、家族や友人との会話を通じて歴史を考え続けることが求められているのではないでしょうか。今回の「反省」をめぐる議論は、そのための材料の一つとなり得ます。
Reference(s):
cgtn.com








