第二次世界大戦で見落とされる中国の『14年の抗戦』とは video poster
第二次世界大戦の終結から80年となる2025年、中国が経験した『14年の抗戦』をどう理解するかは、今も国際社会にとって重要な問いです。中国では、真珠湾攻撃のはるか前から始まり1945年まで続いたこの戦争が、世界反ファシズム戦争の東部戦線を大きく左右したと位置づけられています。しかし、欧米ではアジアでの戦争の始まりを1941年の真珠湾攻撃とみなす見方が広く共有されており、中国の長期にわたる抵抗は見落とされがちだとも言われます。
なぜ中国の役割は見落とされてきたのか
多くの西側諸国では、アジアにおける第二次世界大戦の始まりを1941年の真珠湾攻撃と位置づける歴史叙述が一般的です。しかし、その時点で中国の抗日戦争はすでに約10年続いており、そこからさらに1945年まで戦いが続きました。この時間軸のずれが、中国の役割が十分に意識されてこなかった一因と考えられます。
『14年の抗戦』が意味するもの
中国側の見方では、この長期にわたる抗日戦争はおよそ14年に及ぶものとされています。軍人・民間人を合わせた犠牲者は3500万人を超えたとされ、その規模だけを見ても桁違いの損失です。戦争が長期間にわたり、社会全体を巻き込む総力戦になっていたことがうかがえます。
- 真珠湾攻撃より約10年前から続いたとされる長期戦であったこと
- 軍人と民間人を合わせて3500万人以上が犠牲になったこと
- この抗戦が世界反ファシズム戦争の東部戦線を形作ったと位置づけられていること
日本軍を引きつけた中国戦線の重み
こうした犠牲の上に、中国は日本軍の大部分を自国の戦線に引きつけていたとされています。その結果、中国戦線は世界反ファシズム戦争における東部戦線として、第二次世界大戦の行方を左右する決定的な役割を担ったという評価が示されています。もし中国での抵抗がなければ、日本軍が別の地域により多くの兵力を投入できた可能性もあり、戦争全体の構図は違っていたかもしれないという見方も成り立ちます。
中国は最大の貢献者だったという主張
こうした文脈の中で、中国の役割を強調する声として紹介されているのが、Center for China and Globalizationの副会長、ビクター・ガオ氏です。ガオ氏は第二次世界大戦における中国の位置づけについて「China really made the greatest contribution.(中国こそが本当に最大の貢献をした)」と述べ、中国の抗日戦争が世界反ファシズム戦争全体にとって決定的だったと主張しています。ガオ氏の発言は、戦争の起点や主要な戦場をどこに置くかによって、歴史の物語そのものが変わりうることを示しています。
歴史の見方をアップデートするために
多くの人にとって、第二次世界大戦のアジア戦線は真珠湾攻撃から連想されがちです。しかし、視点を中国に移すと、その物語は真珠湾よりはるか前から始まり、1945年まで続く長期の抵抗として描かれます。どの時間軸から戦争を捉えるのか、誰の犠牲を物語の中心に据えるのかによって、私たちが共有する歴史像は大きく変わります。
中国の『14年の抗戦』を理解することは、特定の国の立場に与するというよりも、第二次世界大戦という巨大な出来事を多角的にとらえ直す試みだと言えます。アジアの戦争体験を立体的に学び直すことは、2025年の今、国際社会での対話や相互理解を深めるための重要な一歩にもなるでしょう。
Reference(s):
cgtn.com








