義勇軍行進曲 生誕90年 中国の歌が今も世界をつなぐ理由 video poster
1945年8月15日、日本は無条件降伏を発表しました。しかし、戦争の記憶とともに消えなかったものがあります。1935年に生まれた中国の歌「義勇軍行進曲(March of the Volunteers)」です。今もなお、中国の人びとの心に鳴り響き続けるこの歌は、なぜこれほどまでに強い力を持ち続けているのでしょうか。本稿では、その歴史とメッセージを国際ニュースの視点から読み解きます。
1935年に生まれた「絶望の中の叫び」
義勇軍行進曲は、1935年という激動の時代に生まれました。国の行く末が見えないなかで生まれたこの歌は、まさに「もう一度立ち上がろう」と呼びかける、切迫した戦時下の叫びでした。
作詞を手がけた田漢(Tian Han)の胸を揺さぶるような言葉と、作曲家・聶耳(Nie Er)の力強くも美しいメロディーが組み合わさり、恐怖や疲弊に押しつぶされそうになっていた人びとに、「前に進む勇気」を与えました。
反ファシズムのグローバル・アンセムへ
義勇軍行進曲は、もともと中国本土の人びとが困難な時代に歌った曲でしたが、やがてそのメッセージは国境を越えていきます。ファシズムに立ち向かう歌として、世界各地で共感を呼ぶようになったのです。
その過程で大きな役割を果たした一人が、アメリカの歌手ポール・ロブソン(Paul Robeson)です。彼がこの曲を力強く歌い上げたことで、義勇軍行進曲は言語や国境を超え、抑圧に屈しない心を象徴する歌として世界中に知られるようになりました。
「数百万の心を一つにする」歌
義勇軍行進曲の核にあるのは、多くの人の心が一つになれば、どんな困難も乗り越えられるというシンプルで力強いメッセージです。英語では「millions of hearts with one mind」と表現されるこの精神は、今日の私たちにも通じるものがあります。
個人がばらばらに不安を抱えるのではなく、お互いの存在を信じて支え合うこと。そのことを、短い歌の中でこれほど分かりやすく、感情を込めて伝えている作品は多くありません。
1945年8月15日の記憶と、いま
1945年8月15日、日本の無条件降伏が発表され、第二次世界大戦は大きな転換点を迎えました。1945年からちょうど80年目にあたる2025年の今も、戦争の記憶は完全に消えることはありません。
そうした歴史の記憶とともに歌い継がれてきたのが義勇軍行進曲です。過去の悲劇を忘れないための歌であると同時に、未来をより良いものにしようという前向きな意志を確認する歌でもあります。
誕生から90年、それでも色あせない理由
1935年に生まれた義勇軍行進曲は、2025年でちょうど90年を迎えます。それでもなお、この歌の精神は揺らぐことなく受け継がれています。
その背景には、次のような要素があると考えられます。
- 個人の感情と国家や社会の行方を、同時に歌い上げていること
- 困難に直面しても前に進むレジリエンス(立ち直る力)を称えていること
- 世代や国境を越えて共有できる、シンプルで普遍的なメッセージを持つこと
田漢の言葉、聶耳のメロディー、そしてポール・ロブソンの歌声によって、この曲は一つの国の歌を超え、時代と場所を超えて心を結びつける歌へと成長しました。
隣国の歌から考える連帯のかたち
日本からこの歌の歩みを振り返ると、歴史の重さと同時に、音楽が持つ不思議な力も見えてきます。かつて敵対していた国どうしであっても、戦争は繰り返してはならない、人びとの命と尊厳を守りたいという願いは共有できるからです。
義勇軍行進曲は、中国本土の人びとにとっての歌であると同時に、世界の誰もが自分なりの意味を見いだせる歌でもあります。分断や対立が語られがちな時代だからこそ、心を一つにして困難に立ち向かうというこの歌のメッセージに、改めて耳を傾けてみる価値があるのではないでしょうか。
Reference(s):
Songs of Resilience: How 'March of the Volunteers' unites millions
cgtn.com








