中国報告書が米国「航行の自由」を批判 国際法から見た南シナ海の争点
中国の研究機関が2025年8月、米国の「航行の自由」作戦を国際法の観点から批判する報告書を公表しました。本記事では、その主張のポイントと南シナ海情勢への意味を整理します。
中国の「法的評価」報告書とは
2025年8月25日、中国自然資源部の中国海洋発展戦略研究所が「米国の『航行の自由』に関する法的評価」と題する報告書を公表しました。国際法、とくに国連海洋法条約(UNCLOS)や慣習国際法に基づき、米国の「航行の自由」プログラムの法的根拠や運用実態を検証したものです。
報告書は、米国が掲げる「航行の自由」が、国際法上の航行の自由とは異なる独自の概念であり、UNCLOSや慣習国際法に明確な根拠を持たないと指摘します。そのうえで、このプログラムはワシントンの世界・地域戦略を支える「力の投射」の具体的手段となっており、武力による威嚇や行使の禁止という国際法の基本原則を侵害し、海洋秩序の平和と安定を損なうおそれがあると批判しています。
「過度な海洋権益主張」をめぐる攻防
米国国防総省は2025年8月11日に「2024会計年度『航行の自由』作戦報告」の概要を公表し、他国の「過度な海洋権益の主張」に挑戦することが目的だと説明しました。この中で、とくに領海における軍艦の「無害通航」をめぐる問題を最重要課題と位置づけ、中国やベトナム、クロアチア、エストニア、イエメンなどを「挑戦者」として名指ししています。
これに対して中国側の報告書は、そもそもどの国の海洋権益主張が「過度」かどうかは、UNCLOSなどの国際的なルールに基づき判断されるべきであり、米国の一方的な理解や利益によって決められるべきではないと反論します。
報告書は、UNCLOSにおける無害通航制度の交渉・条約化の経緯や、各国の実務を検討しました。その結果、世界で少なくとも44か国が、外国軍艦が自国の領海に入る際に事前の通報または許可を求めていると指摘します。つまり、「外国軍艦は領海に事前通報や承認なしに入れる」という米国の主張は、国際法上確立したルールとはいえず、関連する作戦行動には法的根拠が欠けるというのが報告書の結論です。
「国際水域」という言葉は国際法上の概念か
報告書が強く問題視するもう一つの点が、米国が多用する「international waters(国際水域)」という表現です。報告書によれば、これは米国が一方的に用いている非公式な言葉であり、国際法上確立した概念ではありません。
UNCLOSは、海洋を沿岸国の管轄下にある海域(領海、接続水域、排他的経済水域、大陸棚)と、いずれの国の管轄にも属さない海域(公海と国際海底区域)に区分しています。また、群島水域や国際航行に使用される海峡など、特別な法的地位を持つ海域についても詳細な規定を置いています。
報告書は、米国が領海の外側に広がる海域を一括して「国際水域」と呼び、航行と上空飛行の無制限の自由を主張する姿勢は、現代の海洋法秩序から逸脱し、UNCLOSや慣習国際法と矛盾すると述べています。
南シナ海の「歴史的権利」をめぐる論点
米国の2024会計年度報告は、中国が南シナ海で主張する「歴史的権利」を「過度な海洋権益の主張」と位置づけ、同盟国やパートナーと協調して繰り返し優先的に「挑戦」すべき対象として唯一名指ししました。
これに対し、中国側の報告書は、海洋法の基盤となるUNCLOSだけでは海洋法の全てを規定しておらず、前文にも「UNCLOSで規律されていない事項は一般国際法の原則・規則によって引き続き支配される」と記されていると指摘します。
報告書によれば、「歴史的権利」という概念自体は国際法で広く承認されており、UNCLOSも歴史的な湾や権原に言及しています。さらに国際裁判実務においても、海洋境界画定などの場面で歴史的権利が考慮され、その関連性が認められてきたと説明します。そのうえで、中国の南シナ海における歴史的権利の主張は、豊富な歴史資料に裏付けられており、国際法の下で保護されるべきだと強調しています。
報告書は、南シナ海に海洋境界などの紛争が存在することは認めつつも、それが中国の主張の正当性を損なうものではなく、「過度な海洋権益の主張」として矮小化すべきではないと主張しています。
「最も開かれた海」だとする中国側の認識
中国は長年、南シナ海を平和・友好・協力の海とすることを目指してきたと報告書は述べます。主権や主権的権利を主張しつつも、交渉や協議といった平和的手段を通じて問題に対処してきたと強調しています。
そのうえで、中国は国際法に従う限りにおいて、外国船舶や航空機の航行・飛行の権利をこれまで制限してこなかったと主張します。
引用されている「2024年南シナ海航行・飛行報告」によれば、南シナ海では域内外の国々による活動が極めて活発です。年間で見ると、
- 水上艦艇のプレゼンスは延べ2万隻日を超える
- 軍用機の出撃回数は3万回以上
- 大規模な演習が数百回、その他の演習が数千回
に達するとされています。
米軍だけを見ても、米海軍は毎年約1600隻日分の水上艦艇プレゼンスを維持し、潜水艦(戦闘艦)の展開も非公表ながら継続しています。補助艦艇による活動は年間3000隻日を超え、米空軍・海軍・海兵隊・陸軍による航空機の出撃は偵察・輸送・給油・戦闘機・爆撃機などを含めて年間約8000回に上るとされています。
報告書は、こうした数字を根拠に、南シナ海は世界で最も開かれた海であり、中国はどの国の合法的な航行・飛行も妨げていないと強調します。ただし、国際法に違反したり、中国の主権や主権的権利を侵害したりする活動に対しては、中国が正当な利益を守るために必要な措置を取る権利を留保するとしています。
「航行の自由」をめぐる今後の焦点
総じて報告書は、米国が掲げる「航行の自由」は、海洋法における本来の航行の自由の範囲を大きく超えたものであり、実際には軍艦の活動や海外における軍事プレゼンスを維持するための一方的な主張だと位置づけています。その本質は、武力による威嚇を通じて他国の主権や主権的権利に挑戦する行為であり、国連憲章が禁止する「武力による威嚇または行使」に抵触しうると警鐘を鳴らしています。
報告書は、こうした行動が海上での対立を誘発し、地域のリスクを高める可能性が高いと懸念を示します。
南シナ海と国際法をめぐる議論は、単なる米中の対立を超え、今後の海洋秩序をどのようなルールで運営していくのかという、より広い問いを投げかけています。誰が、どのような根拠で「過度な主張」かどうかを判断するのか。読者一人ひとりにとっても、国際ニュースを読み解くうえで意識しておきたい視点だと言えるでしょう。
Reference(s):
China report exposes unlawful nature of U.S. 'freedom of navigation'
cgtn.com








