上海・中国美術館「Carving History」展 木版画が刻む抗戦の記憶 video poster
上海の中国美術館で現在開催中の版画展「Carving History」は、1931~1949年に制作された新木刻運動の作品を通じて、戦時下の中国で「芸術がどのように抵抗の武器になったのか」を描き出しています。国際ニュースとしても、美術と歴史、プロパガンダと表現の境界を考えさせる内容です。
木版画で「歴史を刻む」——新木刻運動の作品が語るもの
この展覧会は、上海のChina Art Museum(中国美術館)が収蔵する新木刻運動の版画から、1931年から1949年にかけて制作された代表的な作品を選び、"Carving History(歴史を刻む)"というタイトルで紹介しています。いわゆる抗日戦争(War of Resistance)の時期を含むこの時代、木版画は、戦争と社会の現実を伝える重要なメディアでした。
写真がまだ一般には広く使えなかった当時、こうした木版画は、戦場や街の出来事、そして無名の人びとの姿を記録しました。展覧会に集められた作品は、歴史を保存し、名も知られない英雄たちをたたえ、見る者を鼓舞し、互いに結びつけてきた芸術の力をいまに伝えています。
上海戦の犠牲を刻む「肉弾防空兵」
なかでも注目を集めるのが、王琦(Wang Qi)による「肉弾防空兵(Flesh-Bombing Defender)」です。1937年の上海の戦いで、自らの命を投げ出して戦ったパイロットの犠牲から着想を得たこの作品は、ひとりの行為が持つ重さと、それが人々の記憶のなかでどのように語り継がれていくのかを強く印象づけます。
木版画ならではの力強い表現を通じて、「肉弾防空兵」は、個人の犠牲が集団の抵抗の象徴へと変わっていくプロセスを静かに浮かび上がらせます。観客は、歴史書の一行だけでは伝わらない感情の厚みを、画面から読み取ることになります。
ファシスト指導者を風刺する李路の版画
もう一人の重要な作家が、李路(Li Lu)です。展示されている彼の作品群は、当時のファシスト指導者たちを風刺的に描き出し、世界各地で続いていた闘いの現実を画面に刻み込んでいます。風刺表現を通じて、権力と暴力の構造を批判的な視点から見つめるよう促します。
木版画で「世界の闘い」を可視化
李路の版画が示しているのは、中国国内の出来事だけではありません。ファシズムに対する世界的な抵抗の流れのなかで、自分たちの闘いをどう位置づけるかという視点です。小さな紙片に刻まれたイメージが、国や地域を越えた連帯意識や、同時代の人々の共有感覚を表現していると言えます。
写真がない時代、版画が担った三つの役割
今回の展覧会が改めて浮かび上がらせるのは、写真がまだ広く利用できなかった時代に、木版画がどのような役割を果たしていたかという点です。新木刻運動の版画は、単なる美術作品にとどまらず、人々の「記憶のインフラ」として機能していました。
とくに次の三つの点が、会場全体から強く伝わってきます。
- 歴史を保存する力:戦場や都市の日常、戦時下の空気を具体的な場面として刻み込み、後世に残す役割。
- 無名の英雄をたたえる力:名前が記録に残らなかったパイロットや兵士、市民の行動を可視化し、その存在を社会の記憶に留める役割。
- 人々を鼓舞し、団結させる力:強いメッセージ性を持つイメージを通じて、見る者の感情を揺さぶり、共通の目的や連帯感を生み出す役割。
デジタル時代の私たちへの問いかけ
スマートフォンで誰もが高精細な写真や動画を撮影し、SNSを通じて一瞬で世界中に共有できる2025年のいま、この「Carving History」展は、あえて時間と手間のかかる木版画というメディアに立ち返ることで、別の問いを投げかけています。
一枚の版画を前に立ち止まり、そこに刻まれた線のひとつひとつに、当時の作り手と見る側の切実な思いを読み取ること。そうした体験は、「歴史をどう記憶し、どのような物語として語り継いでいくのか」という、私たち自身の姿勢を見直すきっかけにもなります。
戦争や暴力の記憶をめぐる議論が絶えないなかで、上海の中国美術館が発信するこの展覧会は、芸術を通じて歴史と向き合うための、静かだが力のある問いを世界の観客に投げかけていると言えるでしょう。
Reference(s):
Woodcuts: From Shanghai to nationwide during the War of Resistance
cgtn.com








