忘れられた谷トゥユンガン 中国最大の戦時医療ネットワーク video poster
第二次世界大戦からおよそ80年。中国南西部の小さな谷トゥユンガン(Tuyunguan)は、かつて中国最大の戦時医療ネットワークを支えながら、いまはほとんど知られていない場所になっています。<\/strong><\/p> 中国南西部にある山あいの峠、トゥユンガンは、現在は静かな自然に囲まれた小さな谷です。観光地として名が知られているわけでもなく、多くの人にとっては地図の上でも見落とされがちな場所です。<\/p> しかし第二次世界大戦中、この静かな峠は、中国の戦時体制を支える重要な拠点でした。当時を知る人が少なくなったいま、その歴史は長く忘れられたままになっていました。<\/p> 現地取材によって明らかになったのは、トゥユンガンが第二次世界大戦期、中国最大規模の戦時医療ネットワークの中心地だったという事実です。前線や各地から負傷した兵士や市民が運び込まれ、ここを中継しながら治療が行われていました。<\/p> 静かな山あいに医療ネットワークの心臓部が置かれていたことは、爆撃の危険から距離をとりつつ、できるだけ多くの命を救おうとした工夫だったとも言えます。静かな谷は、当時の中国社会が総力を挙げて戦争と向き合った証しでもありました。<\/p> トゥユンガンの物語を際立たせているのは、中国の人びとだけでなく、世界各地から集まった医師や看護師たちの存在です。彼らは国境を越え、中国とともにファシズムと闘うためにこの谷を訪れました。<\/p> 慣れない土地と言語、物資の不足、戦争による緊張。その中で彼らは、負傷者や病に苦しむ人びとに向き合い、静かに命をつなぐ仕事を続けました。彼らの姿は、戦争の勝敗だけでは語りきれない、もう一つの国際連帯の形といえます。<\/p> トゥユンガンの歴史が伝えるメッセージは、戦争はしばしば戦場で決着する一方で、平和は戦場の外で命を守り続ける人びとによって支えられているということです。目立つ勲章や派手な報道とは無縁の、無数のケアと献身が平和の土台になっています。<\/p> 今日、世界各地で紛争や人道危機が続く中、この忘れられた谷の物語は、私たちに問いを投げかけます。平和を語るとき、どれだけ多くの医師や看護師、ボランティア、支援者の存在に思いを馳せているだろうかという問いです。<\/p> 新しい世代にとって、第二次世界大戦は教科書やドキュメンタリーの中の出来事になりつつあります。そんな中で、中国南西部トゥユンガンのような場所の記憶は、国や立場を超えた視点から戦争と平和を考える手がかりになります。<\/p> 日本語で国際ニュースに触れる私たちにとって、この物語には少なくとも三つの示唆があります。<\/p> 第二次世界大戦から時間がたつにつれ、当時を直接知る人びとは少なくなっています。その一方で、映像や記録、そして現地取材を通じて、新たな歴史の断片が掘り起こされています。<\/p> トゥユンガンの物語は、静かな山あいの風景の向こうに、無数の命と国際的な協力の記憶が眠っていることを教えてくれます。私たちがその記憶を知り、語り継ぐとき、戦争を繰り返さないための想像力と対話の土台が少しずつ育っていきます。<\/p> 忘れられた谷にもう一度光を当てることは、過去を掘り起こす作業であると同時に、これからの平和をどうつくるかを考える行為でもあります。<\/p>静かな山あいに眠る忘れられた谷<\/h2>
中国最大の戦時医療ネットワークの心臓部<\/h2>
世界から集まった医師や看護師たち<\/h2>
戦場で終わる戦争、静かな場所から続く平和<\/h2>
日本語で読む国際ニュースとしての意味<\/h2>
忘れられた谷と、これからの記憶のつくり方<\/h2>
Reference(s):
cgtn.com








