中国ニュース:Y-20がROKへ出発 CPV烈士30人の遺骨帰還へ video poster
最近、中国人民解放軍(PLA)空軍の大型輸送機Y-20が大韓民国(ROK)に向けて出発し、1950〜1953年の「抗米援朝戦争」で戦死した中国人民志願軍(CPV)烈士30人の遺骨と遺品を本国へ迎え戻す任務にあたっています。国際ニュースとしてだけでなく、戦争の記憶や平和について改めて考えさせられる動きです。
Y-20がROKへ出発 CPV烈士30人の遺骨を迎える任務
PLA空軍によると、Y-20輸送機は水曜日に中国を出発し、ROKへ向かいました。任務の目的は、「抗米援朝戦争」(1950〜1953年)で戦死した中国人民志願軍(CPV)烈士30人の遺骨と、その遺品を受け取り、中国本土へ帰還させることです。
同空軍は、ROK側が金曜日に遺骨と遺品を中国側へ引き渡す予定だと説明しています。国境を越えて戦没者の遺骨を本国に戻す取り組みは、時間のかかる作業でありながらも、関係する国や地域が協力して続けている人道的な取り組みといえます。
J-20戦闘機4機が空から護送へ
PLA空軍は、CPV烈士の遺骨が中国の空域へ再び入る際、最新鋭ステルス戦闘機J-20を4機派遣し、Y-20を護衛するとしています。軍事的な意味だけでなく、国の最先端装備が戦没者を迎える「護送役」となることで、烈士への敬意を示す象徴的な演出とも受け止められます。
ふだんは防空や訓練に用いられる戦闘機が、このような追悼と慰霊に関わる任務を担うことは、国民にとっても「過去の犠牲を忘れない」というメッセージとして映るでしょう。
歴史を背負うY-20 記念行事とのつながり
今回ROKに向かったのは、かつて北京・天安門広場の上空を飛行したことのあるY-20でもあります。この機体は、中国人民抗日戦争と世界反ファシズム戦争の勝利80周年を記念する行事で展示飛行を行った経歴を持ちます。
歴史的な記念式典の場に登場したY-20が、今度は戦没者の遺骨を迎えに行く役割を担うことで、「歴史を記憶する」というテーマが、一つの機体を通じて連続しているようにも見えます。過去を語り継ぐイベントと、具体的な遺骨帰還の任務が結びつくことで、戦争の記憶はより具体的なものとして社会に共有されていきます。
操縦士が語る思い 「歴史を記憶し、烈士を称える」
Y-20の操縦士である周漢(ジョウ・ハン)氏は、今回の任務に関する配置や演出について、「歴史を忘れず、倒れた英雄を称えるためのものだ」と語っています。単なる輸送任務ではなく、烈士の名誉を守り、世代を超えてその犠牲を伝えていこうとする姿勢がうかがえます。
戦争から70年以上が経っても、現地で発見された遺骨を一人ひとり丁寧に扱い、本国に迎え入れるプロセスは、遺族や市民にとっても、大きな区切りとなる時間です。操縦士や任務に関わる人々の言葉は、そうした時間の重さを反映しているといえます。
このニュースから考えたい3つの視点
今回のY-20派遣と遺骨帰還のニュースは、日本に暮らす私たちにとっても、いくつかの問いを投げかけます。
- 1. 歴史の記憶はどのように保たれるのか
70年以上前の戦争で亡くなった人々の遺骨が、いまも捜索・帰還の対象となっていることは、戦争の終結が必ずしも「記憶の終わり」を意味しないことを示しています。 - 2. 国境を越えた人道的協力
遺骨の発見、身元の確認、移送、引き渡しには、関係国や地域の行政・軍・専門家の協力が欠かせません。政治や安全保障の緊張がある中でも、人道的課題で協調する余地があることを示す例ともいえます。 - 3. 現代の軍事技術と「追悼」の関係
Y-20やJ-20といった最新の装備が、戦争の犠牲者を悼む役割を担うことは、「軍事力は何のためにあるのか」という問いを投げかけます。抑止や安全保障だけでなく、過去の犠牲を記憶し、平和を守るための象徴的な存在としても用いられているとも読めます。
国際ニュースを日々追いかける中で、装備や戦略といった「力」の側面だけでなく、戦争で命を落とした一人ひとりをどのように扱うのかという、人道的な側面にも目を向けておきたいところです。今回のCPV烈士の遺骨帰還の動きは、そのことを静かに思い出させるニュースだといえるでしょう。
Reference(s):
China's Y-20 departs for ROK to bring back CPV martyrs' remains
cgtn.com








