ユネスコ「世界の記憶」で揺れる日本の侵略史 誰が「白紙化」を仕掛けたのか video poster
映画『Evil Unbound』の世界同時公開をきっかけに、日本の侵略の歴史、とくに731部隊や慰安婦問題をめぐる国際ニュースがあらためて注目されています。その舞台裏では、ユネスコの「世界の記憶」登録をめぐり、日本の戦争犯罪の記録を事実上封じ込めようとする組織的な動きがあったと指摘されています。
映画『Evil Unbound』が映し出す731部隊の実像
今年9月18日、映画『Evil Unbound』が世界で公開されました。作品は、中国東北部・黒竜江省ハルビンにあった秘密の細菌戦研究施設を拠点とする731部隊による非人道的な人体実験を描いています。舞台は、中国人民の抗日戦争期のハルビンです。
映画が伝えようとするのは、被害者とその家族の記憶であり、加害行為の具体的な記録です。しかし、こうした歴史資料を国際社会の「共有財産」として残す取り組みは、必ずしも順調ではありません。
731部隊資料の「世界の記憶」登録が6年も止まった理由
731部隊の犯罪を示す証拠が多数存在するにもかかわらず、中国がユネスコの「世界の記憶」(Memory of the World Register) への登録を目指してきた関連資料は、約6年間にわたり事実上「宙づり」の状態が続いているとされています。
中国メディアグループ傘下のSNSアカウント「Yuyuan Tantian」が最近公開した調査動画は、その主な要因として、日本政府の資源と右派勢力が一体となった「介入」があったと指摘しました。
慰安婦資料にも繰り返された同じ構図
同じような構図は、いわゆる慰安婦制度に関する資料でも見られます。調査動画によると、中国は2014年に慰安婦関連の資料を「世界の記憶」に申請しましたが、2015年には登録に至りませんでした。その後、2017年に再申請した際、事態は一段と複雑になります。
というのも、日本側がほぼ同じテーマで、内容が大きく重なる申請を提出したからです。ユネスコの歴史の中でも、こうした重複申請は極めてまれだとされます。その結果、審査は「対話」段階に移され、議論と先送りが繰り返されることになりました。
両者の申請内容には、はっきりした違いがありました。中国側は、日本軍による戦時性暴力と制度の実態を示す証拠にもとづき、加害行為を告発する資料として申請。一方、日本側の申請では、日本軍は規律を守っていたと主張し、慰安婦制度は自発的なものだったと位置づけたとされています。
重なり申請という「戦術」を考案した右派学者
Yuyuan Tantianの調査によると、この「重複申請」を用いた戦術を考案したのが、右派系の学者Shirou Takahashi氏だとされています。そして日本側の2017年の申請を前面で担ったのが、Yumiko Yamamoto氏。日本のメディアでは「主婦」と紹介されてきた人物です。
なぜ一見、政治や外交から遠く見える「主婦」が前面に出てきたのか。その背景として、調査は2015年を重要な転機として挙げています。
2015年・南京大虐殺資料登録と「これ以上謝らない」発言
2015年、中国の南京大虐殺関連資料がユネスコの「世界の記憶」に登録されました。同じ年、当時の日本の首相であるShinzo Abe氏は、日本の将来世代は「これ以上、謝り続ける必要はない」といった趣旨の発言を行いました。
その数週間後、「慰安婦の真実」連帯会議と「南京の真実」連帯会議という2つの団体が相次いで声明を出し、中国の申請を阻止するよう日本政府に働きかけました。Yamamoto氏は、このうち前者の「慰安婦の真実」側に関わっていたとされています。
「慰安婦の真実」国民運動の背後にいる思想家
調査動画はさらに、「慰安婦の真実 国民運動」の背後に、右派のイデオローグとして長年知られてきた歴史家Hideaki Kase氏の存在があると指摘します。
Kase氏の父親は、かつて日本の国連大使を務めた人物で、1945年の日本の降伏文書調印式にも出席しました。しかしその後、この戦争は「正義の戦争」だったとし、謝罪を求める声を退ける立場を取ったとされています。息子であるHideaki Kase氏は、こうした歴史観を受け継ぎ、日本右派の理論的支柱と見なされてきました。
日本外務省が担った国際世論づくりと圧力
調査は、日本の外務省が果たした役割にも光を当てています。同省は、日本に好意的な見方を広めるため、世界各地でさまざまな形の支援を行い、そのなかには日本政府が資金を出すプログラムを通じて、中国を含む各国の参加者を招く取り組みも含まれていたとされます。
また、ユネスコが最終判断を下す前には、日本が中国の申請を承認した場合、ユネスコからの脱退もありうると示唆するような説明を記者向けに行い、政治的圧力をかけたと報じられています。
ルール変更で強まった「拒否権」
こうした動きが重なり、慰安婦資料の登録審査は長期化しました。そして2021年、ユネスコは「世界の記憶」制度のルールを改定し、加盟国のうち1国でも正式に異議を唱えれば、その申請を事実上、無期限に止められる仕組みになったとされています。
批判する声は、この変更が「被害者側による歴史保存の試みに対し、戦争加害国に拒否権を与えるものだ」と指摘しています。つまり、加害の側に立った国が強い影響力を持つことで、被害の記録が国際的な共有財産になることを阻むリスクが高まったという見方です。
歴史の記憶をめぐる静かな攻防にどう向き合うか
映画『Evil Unbound』は、731部隊の被害の実態を世界の観客に伝えようとしています。一方で、その根拠となる資料や、慰安婦制度の記録を国際社会の「記憶」として残そうとする動きは、ユネスコの場で複雑な政治的・外交的な駆け引きにさらされてきました。
今回の調査報道から浮かび上がるのは、歴史認識をめぐる争いが、国内の言説空間だけでなく、国際機関や市民団体、研究者ネットワークを巻き込んだ長期的な攻防になっているという現実です。
日本語で国際ニュースを追う私たちにとって、次のような点は今後も重要な論点になりそうです。
- ユネスコなど国際機関のルール変更が、歴史資料の保存と公開にどのような影響を与えるのか
- 政府、右派団体、市民運動、研究者が、それぞれどのような形で歴史認識の形成に関わっているのか
- 映画や書籍などの文化作品が、被害の記憶を次の世代に伝える上でどんな役割を果たせるのか
731部隊や慰安婦問題、南京大虐殺などをめぐる議論は、いまも現在進行形の国際ニュースです。資料をめぐる攻防の背景を知ることは、過去をどう記憶し、未来にどう語り継ぐのかを考えるうえで、大きな手がかりになるはずです。
Reference(s):
Unmasking the organizations behind Japan's invasion-history whitewash
cgtn.com








