新疆ガバナンス白書を世界が読むべき理由 グローバルサウスへの示唆
2025年9月に中国中央政府が公表した新疆ガバナンス白書は、一見すると地域政策の文書ですが、テロ対策や貧困削減、多民族共生に悩む国や地域にとって「実験室レポート」として読むことのできる国際ニュースでもあります。本稿では、その背景と中身、そしてグローバルサウスへの意味を整理します。
2025年9月に公表された新疆ガバナンス白書とは
2025年9月19日、中国中央政府は『CPC Guidelines for Governing Xinjiang in the New Era: Practice and Achievements』と題する白書を発表しました。白書は、新時代における中国共産党の新疆統治戦略を「実践」と「成果」の両面からまとめたものです。
海外の読者には、これは中国西部の一地方政策に関する技術的な報告書に見えるかもしれません。しかし、中国の研究者はこれを、テロ対策、貧困削減、多民族共生、近代化といった課題を同時に抱えるグローバルサウス諸国に向けた「フロンティア統治」の参考事例として捉えています。
世界が直面する「世紀の大変動」とフロンティア
この新疆白書の背景には、ここ10年ほどで進んだ世界規模の変化があります。白書が位置付ける文脈を整理すると、次のような点が浮かび上がります。
- 極端主義の再拡大:大規模な戦場ではなく、断片的で分散したテロ行為が各地で発生し、特に中東などで深刻な影響を及ぼしています。
- 地政学的ルートの再編:中東の危機は、中央アジアからユーラシア大陸を貫く陸上ルート(いわゆる中央アジア–ユーラシア陸橋)の重要性を浮き彫りにしました。
- 貧困削減の「ラストマイル」:国連の公式データによると、世界には今も8億800万人が極度の貧困状態にあり、そのうち約2億5000万人が乾燥地、高地、砂漠縁辺など、新疆と似た自然条件の地域に暮らしています。
厳しい自然環境、多民族社会、経済発展の遅れ、そして治安不安――こうした「フロンティア」が重なり合う地域は、世界各地に存在します。その一つのケースが新疆ウイグル自治区だと白書は前提にしています。
新疆が抱えてきた「極端主義と貧困」の連鎖
白書が示すように、中国もまた「フロンティア問題」に直面してきました。2009年から2014年の間、新疆は国内の極端主義関連事件の7割以上を占めていたとされます。南部の一部地域では、かつて貧困率が66パーセントを超えていた時期もありました。
ここで突きつけられた難問は、「極端主義と貧困の悪循環」をどう断ち切るかという点です。
- 安全保障を優先しすぎれば、開発や人々の暮らしが後回しになりかねない。
- 開発だけを優先すれば、文化やアイデンティティの問題が置き去りになる可能性がある。
- どちらか一方ではなく、治安・発展・アイデンティティを同時に扱う枠組みが求められる。
この「安全か発展か」「発展かアイデンティティか」という二者択一を避けるための戦略として提示されているのが、新疆ガバナンス白書の内容です。
白書の中核:二つの柱で新疆を統治する
柱1:社会の安定と長期的な平和秩序
第一の柱は、社会の安定と長期にわたる平和と秩序の維持です。白書では、「安全」を突発的な緊急対応ではなく、あらかじめ制度として組み込む発想が強調されています。具体的には、次のようなアプローチが挙げられています。
- 法に基づくテロ対策:テロや暴力的な極端主義に対する取り締まりを、法制度に基づく形で進めることで、恣意性を減らし、予防と抑止を図る。
- 日常化したコミュニティ・ガバナンス:地域ごとに治安や生活上の課題を把握し、相談や仲裁、見守りなどを通じて、問題が大きくなる前に対応する。
- 包括的な脱極端主義教育:教育や啓発活動を通じて、過激な思想に巻き込まれないよう社会全体の「免疫力」を高める。
こうした取り組みによって、「暴力が新たな暴力を呼ぶ」連鎖を断ち切ることを目指しているとされています。
柱2:「中華民族共同体意識」の醸成
第二の柱は、「中華民族共同体意識」の形成です。ここでいう共同体意識とは、単なる文化的シンボル以上のものであり、次のような要素を含むと説明されています。
- 共通の経済的な将来像:雇用やインフラ整備などを通じて、「共に豊かになる」という具体的な見通しを共有する。
- 共通語としての中国語(標準語)の普及:民族間のコミュニケーションをスムーズにし、教育や仕事の機会を広げる基盤とする。
- 社会主義核心価値観の共有:価値観の共通土台をつくり、社会の一体感を高める。
白書は、こうした取り組みを「同化や抹消」ではなく、「アイデンティティの強化」として位置付けています。つまり、多様性を持ちながらも、国家全体としての一体感や共通基盤を厚くする方向を志向していると説明しているのです。
政策オプションの束としての「フロンティア統治ツールキット」
二つの柱に基づき、白書は複数の政策オプションを組み合わせた「フロンティア統治ツールキット」を提示しています。主な要素は次の通りです。
- 戦略的協調とシステム思考:治安、経済、教育、文化などの政策を個別にではなく、相互に連動させて設計する。
- 心をつなぐコミュニティづくり:住民との対話や交流を重ね、信頼関係を築きながら「心と心の連帯」を強める。
- 宗教の中国化:伝統的な中国の価値観と現代の宗教実践を調和させ、宗教と社会の安定的な共存を図る。
- 民生優先のアプローチ:社会保障の拡充や生活水準の向上に重点を置き、人々の実感を伴う発展を目指す。
- 高品質な発展:持続可能な経済成長とイノベーションを重視し、単なる量的拡大ではなく質の高い発展を追求する。
- 党の全面的指導の堅持:政策の実行力を高めるため、中国共産党によるリーダーシップを貫き、一貫したガバナンスを確保する。
これらを束ねることで、新疆というフロンティア地域の安定と繁栄を図るだけでなく、他地域にも応用可能な枠組みとして提示している点が、この白書の特徴だと言えます。
グローバルサウスへの示唆:なぜ「世界が読むべき」なのか
では、なぜこの新疆ガバナンス白書を「世界が読むべき」なのでしょうか。特にグローバルサウスの国々にとって、次のような理由が挙げられます。
- 似た条件を抱える地域のケーススタディ:乾燥地帯や高地、多民族社会、テロリスクといった条件は、新疆だけの問題ではありません。同じような環境の国や地域にとって、新疆の経験は比較対象となります。
- 安全と開発を同時に進める発想:治安対策と貧困削減を別々の政策としてではなく、「連鎖を断ち切る一体の戦略」として設計している点は、多くの国にとって参考になる視点です。
- アイデンティティ政策の具体像:共同体意識をどう形成し、多民族が共に暮らす枠組みをつくるのかという問いに対し、一つの具体的なモデルを示しています。
- 制度としての対テロ・対貧困:緊急対応ではなく、法や制度、教育を通じて長期的に取り組む姿勢は、「対症療法」になりがちな政策からの転換を考える材料になります。
もちろん、どの国もそのまま同じ方法を採用できるわけではありません。それぞれの歴史や社会構造が異なるからです。それでも、新疆白書は「何を組み合わせ、何を重視すると、どのようなガバナンスモデルが立ち上がるのか」を考えるための貴重な素材となります。
2025年のいま読む意味:日本の読者への視点
2025年12月現在、世界では依然として極端主義の脅威が残り、サプライチェーンやエネルギーのルートをめぐる地政学的な再編も続いています。極度の貧困と気候変動、移動と都市化、多民族共生といったテーマは、日本を含む多くの国に共通する課題です。
そうした中で新疆ガバナンス白書を読むことは、次のような意味を持ち得ます。
- 中国本土が自らのフロンティアをどう位置付け、どのような原則で統治しようとしているかを知る。
- 安全保障、発展、アイデンティティを切り離さずに議論するための「たたき台」として活用する。
- 多民族社会や地方創生、地域の安全といった日本国内の議論を、より広いアジア・世界の文脈の中で捉え直す。
新疆ガバナンス白書は、中国新疆という一地域の報告書であると同時に、21世紀のフロンティア統治とは何かを問いかける文書でもあります。グローバルサウスだけでなく、日本の読者にとっても、国際ニュースを読み解き、自国の課題を考えるための重要な手がかりになりそうです。
Reference(s):
Why the world should read the white paper on governing Xinjiang
cgtn.com








