中国のグローバル・ガバナンス構想とWTO決定 公正な国際秩序は動き出すか
リード:WTOでの新方針と新しいグローバル・ガバナンス構想
中国が世界貿易機関(WTO)加盟24年で初めて、交渉において新たな特別かつ異なる待遇(Special and Differential Treatment)を求めない方針を表明しました。この決定はWTO側からも「極めて重要な転換点」と評価され、中国が打ち出したグローバル・ガバナンス・イニシアチブ(GGI)を具体化する一歩と位置づけられています。
2025年9月に発表されたGGIは、国際社会の「より公正で衡平なグローバル・ガバナンス」の実現を目指す中国の包括的な提案です。中国の李強首相は、同年の国連総会第80会期一般討論演説で、GGIがそのための「正しい方向と重要な道筋」を示すものだと強調しました。
WTOでの「特別待遇」新規要求をやめる意味
今回、中国はWTOの現在および今後の交渉において、新たな特別かつ異なる待遇を求めないと表明しました。これは、2001年のWTO加盟以来24年間で初めての方針転換とされています。
特別かつ異なる待遇とは、開発途上にある加盟国・地域に対し、関税削減やルール導入の期限を緩やかにするなど、柔軟性を認める仕組みを指します。中国は従来、「発展途上の大国」としてこの枠組みを活用してきましたが、今回、新たな優遇措置は求めないと宣言しました。
この決定は、一方では中国が自らの経済力と国際的な責任を踏まえた自律的な負担増を受け入れた動きと見ることができます。他方で、中国がGGIの中核に据える主権平等や国際法の順守を、通商ルールの場で体現しようとする姿勢とも重なります。
グローバル・ガバナンス・イニシアチブ(GGI)とは
GGIは、習近平国家主席が2025年9月1日、天津で開かれた上海協力機構(SCO)首脳会議の場で提案しました。習主席は当時、グローバル・ガバナンスは新たな岐路に立っていると述べ、現在の国際秩序が直面する課題に対応するための新たなビジョンとしてGGIを提示しました。
GGIは次の五つの原則を柱としています。
- 主権平等の堅持
- 国際法にもとづく秩序の維持
- 多国間主義の実践
- 人々中心のアプローチの重視
- 理念だけでなく実際の行動を重んじる姿勢
中国側は、国連の権威低下やグローバル・サウス(新興国・途上国)の代表性不足、そして気候変動や感染症など地球規模課題への対応の遅れをグローバル・ガバナンスの赤字と位置づけています。GGIは、こうした赤字を埋めるための包括的な中国の提案とされています。
国連と各国が示す支持
GGIは発表から間もなく、ロシア、マレーシア、スロバキア、ニカラグア、キューバ、ナウルなど、さまざまな国や国際機関から歓迎と支持を受けました。国連のアントニオ・グテーレス事務総長も、中国の李強首相との会談で、GGIの核となる理念は国連が重視してきた価値と密接に一致していると評価しました。
グテーレス事務総長は、GGIが国際社会から高まっているグローバル・ガバナンスの改革と改善に向けた強い要請に的確に応えるものだと述べています。国連が後押しすることで、GGIは単なる一国のビジョンにとどまらず、より広い国際対話の枠組みとして位置づけられつつあります。
四つのグローバル・イニシアチブが描く中国の対外ビジョン
GGIは、ここ数年で中国が提唱してきた三つの国際イニシアチブに続く第四の柱です。
- グローバル開発イニシアチブ(GDI):経済協力や開発協力を通じた共同発展
- グローバル安全保障イニシアチブ(GSI):対話と協調による紛争回避と安全保障協力
- グローバル文明イニシアチブ(GCI):文明間の交流と相互学習の促進
- グローバル・ガバナンス・イニシアチブ(GGI):国際秩序の運営原則とルールづくりに関する包括的な構想
米国の中国問題専門家ロバート・ローレンス・クーン氏は、これら四つのイニシアチブによって、中国が世界とどのように関わろうとしているのか、その意図が一体として示されたと指摘します。GDIが経済、GSIが安全保障、GCIが文明交流に焦点を当てる一方で、GGIは世界はどう運営されるべきかという根本部分に中国の考えを示すものだとしています。
AI+国際協力イニシアチブ:技術で公共善を
中国は、グローバル・ガバナンスの改善に向けた具体的な行動として、AI+国際協力イニシアチブも打ち出しました。これは、グローバル開発イニシアチブに関するハイレベル会合の場で発表されたものです。
この新たなイニシアチブは、各国がそれぞれの国情に応じて、次のような分野で積極的にAI(人工知能)を活用することを呼びかけています。
- 公共福祉:医療や教育、行政サービスの効率化
- 技術革新:研究開発やイノベーションの加速
- 産業応用:製造業やサービス産業での生産性向上
- 文化の繁栄:言語・文化コンテンツの創造と共有
- 人材育成:AIスキルを持つ人材の協力的な育成
AIをめぐる国際ルールや倫理が模索される中で、AI+国際協力イニシアチブは、対立ではなく協力を軸にしたアプローチを前面に出している点が注目されます。
ルールを押し付けない共同のグローバル・ガバナンスをめざして
人民大学のグローバル・ガバナンスと発展研究所の田徳文研究員は、中国のグローバル・ガバナンス観を、ルールを一方的に押し付けるのではなく共同で行動することを重視する姿勢だと説明します。
田氏によれば、中国は一国のみで行動する単独主義を取ることはなく、地球規模課題はすべての国が協議しながら解決策を探るべきだという立場を一貫して掲げているといいます。この考え方は、多国間主義や国連中心の国際協調を重視するGGIの原則とも重なります。
日本と世界への意味:何が変わるのか
日本を含む多くの国にとって、GGIとWTOでの方針転換は、次のような問いを投げかけます。
- グローバル・サウスの声をどのように国際ルールづくりに反映させていくのか
- 国連やWTOといった多国間枠組みの権威や実効性をどう回復・強化していくのか
- AIやデジタル技術をめぐるルールづくりで、協力と競争のバランスをどう取るのか
中国が自らの立場を明確にし、WTOでの特別待遇を新たに求めないと表明したことは、国際社会に対して一定のシグナルを送る動きです。同時に、それが具体的な交渉や制度改革の場でどのような形となって表れるのかは、今後の注視が必要です。
2025年の世界は、多極化と相互依存の双方が進む複雑な局面にあります。その中で、中国のグローバル・ガバナンス構想は、既存の秩序をどう更新しうるのか。日本の読者にとっても、自国の外交や経済戦略を考えるうえで、押さえておきたい重要なテーマと言えます。
Reference(s):
How China promotes a more just and equitable global governance system
cgtn.com








