新疆マキト県のドーラン・ムカム 88歳の巨匠がつなぐ終わりなきリズム video poster
中国の新疆マキト県で、一本の古い柳の木の下から伝統音楽「ドーラン・ムカム」の歌声が空へと伸びていきます。88歳の継承者が、世代を超えて人びとを結びつけてきたこのリズムを、いま静かに次の世代へ手渡しています。遠く離れた地で続く「終わりのないリズム」の物語は、私たちに文化を受け継ぐことの意味を改めて問いかけます。
一本の柳の木の下から始まる物語
新疆マキト県の村はずれに立つ、樹齢百年ほどと伝えられる一本の柳。その木陰に人びとが輪になって座り、静けさを切り裂くように、澄んだ歌声が立ち上ります。それがドーラン・ムカム。長い年月にわたって、この土地の人びとを結びつけてきたリズムです。
歌声の主は88歳の巨匠です。深いしわを刻んだ顔を上げ、息を大きく吸い込むと、声は年齢を感じさせない力強さで空へと放たれます。その周りには、真剣な表情で耳を傾ける若い世代の姿があります。一つひとつの節回しやリズムを、巨匠は根気よく繰り返し伝えていきます。
「生きること」に近い古い芸能
ドーラン・ムカムは、単なる「演奏」や「見せるための舞台芸術」ではありません。長い時間をかけて人びとの暮らしの中に溶け込み、喜びや別れ、祈りや願いと結びついてきた「生きた歌」です。まさに、息を吸って吐くことと同じくらい自然に、人びとの日常とともにあったリズムだと言えます。
こうした古い芸能は、世界のさまざまな地域で次のような役割を担ってきました。
- 家族や仲間が集まる時間を、特別なものにする
- 言葉だけでは語りきれない感情や記憶を、リズムや旋律に託して共有する
- 土地の歴史や物語を、世代から世代へと自然に引き継ぐ
新疆のドーラン・ムカムも、こうした役割を担いながら、長く受け継がれてきた古い芸能の一つとして息づいています。
88歳の継承者が託す「次の世代」
柳の木の下で歌う88歳の継承者にとって、いま目の前にいる若い世代は、単なる「聴き手」ではありません。自分が受け取ってきた歌とリズムを、次に託す相手です。歌い終えるたびに、巨匠は若者たちに同じフレーズをまねて歌うよう促し、細かな音程や息遣いを丁寧に指摘していきます。
楽譜や録音だけでは伝わりにくいニュアンスが、まさにその場の空気の中で共有されていきます。声の揺らぎ、間の取り方、共に息を合わせる感覚――それらはデータではなく、からだの記憶として受け継がれていきます。古い柳の木は、その光景を何十年も見守ってきた証人でもあります。
消えゆくのではなく、形を変えて続く
2025年のいま、世界のどこでも、スマートフォン一つで最新の音楽を聴くことができます。その一方で、柳の木の下で人びとが向き合いながら歌い継ぐドーラン・ムカムのような芸能は、「効率」という物差しだけでは測れない価値を持っています。こうしたリズムは、急に姿を消してしまうのではなく、受け継ぐ人びとによって少しずつ形を変えながら続いていきます。
遠い新疆のリズムが、日本の私たちに問いかけること
新疆マキト県の物語は、地理的には遠く離れていますが、「何をどう受け継いでいくのか」という問いは、日本に暮らす私たちにも共通しています。故郷の民謡、方言、家族のなかだけで使う言葉――そうしたものもまた、形は違っても「終わりのないリズム」の一つかもしれません。
XやInstagram、TikTokといったSNSが当たり前になった今、文化や物語を広く共有する手段はかつてなく増えました。もし、柳の木の下でのドーラン・ムカムの歌声を誰かがスマートフォンで撮影し、世界に向けて公開したとしたら、そのリズムは私たちの手元にも届くかもしれません。そのとき、私たちは何を感じ、どう受け取るでしょうか。
考えてみたい3つのポイント
新疆のドーラン・ムカムから、次のような問いを自分ごととして考えてみることができます。
- あなたにとっての「終わりのないリズム」は何でしょうか。子どものころから耳にしてきた歌や言葉はありますか。
- 家族や地域の中で、次の世代に手渡したいと思う音や物語は何でしょうか。
- SNSで文化を発信するとき、「バズる」かどうかだけでなく、何を大切にして伝えたいでしょうか。
新疆マキト県の柳の木の下で響くドーラン・ムカムは、遠い地域の小さな出来事のように見えるかもしれません。しかし、88歳の継承者が次の世代へと歌を託す姿には、「文化とは何か」「どのように受け継ぐのか」という、私たちみんなに共通するテーマが凝縮されています。ニュースは、世界のどこかで続いているこうした静かな営みを知り、自分自身の足元を見つめ直すきっかけにもなります。
Reference(s):
cgtn.com








