ベルリン選出水墨アニメ『A Story About Fire』Qiang伝説の描き直し
ベルリン国際映画祭に選出された水墨アニメーション映画『A Story About Fire(Ran Bi Wa)』は、Qiang(チアン)と呼ばれる人々に伝わる古い伝説を題材に、インクのにじみと余白で物語を語り直す作品です。四川大学芸術学院の講師であり、同作の監督を務めた李文雨(Li Wenyu)さんは、この作品を通じて「アニメーションという言語」の可能性に挑んでいます。
インク水墨アニメで蘇るQiangの古い伝説
『A Story About Fire(Ran Bi Wa)』は、Qiangに伝わる古い火にまつわる物語を、現代の水墨アニメーションとして再構成した作品です。細密な描写よりも、にじみやぼかしといった水墨ならではの表現を生かし、伝説が持つ気配や感情、語り継がれてきた時間の厚みを映像化しようとしています。
登場人物の輪郭は、はっきり描かれすぎることなく、画面の中でゆらぎながら存在します。炎もまた、赤やオレンジの強い色ではなく、墨の濃淡や紙の白さとのコントラストによって表現されることで、現実の火というよりも、人々の記憶や信仰の中にある「火」のイメージとして立ち上がってきます。
「アニメーションの言語」に魅せられて
李監督はインタビューで「私はいつも、アニメーションという言語そのものに魅了されてきました」と語ります。彼にとってアニメーションは、単に物語をなぞるための手段ではなく、時間、動き、音、そして静止画が連なった特殊なリズムを持つ、一つの独自の言語だといえます。
水墨アニメーションでは、線の強弱や墨の広がり、あえて何も描かない余白までもが、文法の一部になります。キャラクターが動かない一瞬の静止や、画面全体が墨色に包まれるカットは、セリフ以上に感情を伝える「語り」の役割を担います。李監督は、その一つ一つの選択を「言葉を選ぶ」のと同じ慎重さで積み重ねているといえるでしょう。
師から受け継いだ水墨アニメの系譜
李監督がアニメーションの世界に本格的に足を踏み入れたのは、情熱がきっかけでした。北京大学の大学院で学んでいた際、彼は水墨アニメーションの大家として知られる馬克宣(Ma Kexuan)教授の指導を受けます。馬教授は、かつて名門として知られた上海美術映画製作所の伝統的な水墨アニメーションの中心的な存在であり、そのもとで李監督は古典的な中国美学への深い敬意を育んできました。
その学びは、単に技法を教わることにとどまりません。線を引く前にどれだけ迷うか、どこまで削ぎ落とすか、画面のどこに余白を残すか。そうした判断の一つ一つが、美学であり倫理であり、物語への態度なのだと李監督は理解していきます。この「古典への敬意」が、Qiangの伝説を扱う最新作にも色濃く反映されています。
四川大学から広がる創作と教育の現場
現在、李監督は四川大学芸術学院で教壇にも立ち、若い世代のクリエーターと日々向き合っています。教える立場にあるからこそ、自身の作品づくりにおいても「技法をなぞるだけではない、水墨アニメーションとは何か」を問い直す必要に迫られているといえるでしょう。
学生たちにとって、水墨表現は時に古く見えるかもしれません。しかし、李監督はそこにこそデジタル時代と響き合う可能性を見いだします。タブレットやソフトウエアでいくらでも線を修正できる時代だからこそ、一筆一筆の重み、取り返しのつかないにじみの偶然性が、新鮮な表現として立ち上がってくるからです。
ベルリン国際映画祭が注目した「ローカルな物語」
『A Story About Fire(Ran Bi Wa)』は、ベルリン国際映画祭(Berlinale)に選出されたことで、世界の観客の前に立ち上がる機会を得ました。グローバルな映画祭で評価されたのは、単に美しいビジュアルだけではなく、Qiangの伝説という非常にローカルな物語を、普遍的な感情に開かれた形で描き出した点だと見ることができます。
観客は、Qiangについて詳しい知識を持っていなくても、「火」をめぐる恐れや祈り、共同体の記憶といった感情の核に触れることができます。こうした作品の存在は、「ローカルな物語」であっても、表現の言語と構造がしっかりしていれば、国境を越えて共有しうることを示しています。
伝統と現代アニメーションのあいだで
水墨アニメーションで民族の伝承を描くという選択は、単なる懐古趣味ではありません。李監督は、師から受け継いだ古典的な美学を大切にしながらも、それを現代の観客にとって生きた表現へと更新しようとしています。
例えば、カメラワークや編集のリズム、音響の設計には、現代アニメーションの感覚が息づいています。一方で、画面の構図や色数の絞り込みには、水墨画の思想が深く入り込んでいます。伝統と現代が単純に足し合わされるのではなく、ぶつかり合い、せめぎ合うところから、本作の独特なテンションが生まれているといえるでしょう。
私たちが受け取るべき問い
李監督が語る「アニメーションという言語」という言葉は、観客である私たちにも問いを投げかけています。映像表現がますます多様化する今、自分たちはどんな「言語」で物語を語っているのか。あるいは、どんな「言語」で物語を受け取っているのか。
Qiangの伝説を水墨アニメーションで再構築する『A Story About Fire(Ran Bi Wa)』は、一つの民族の物語でありながら、私たち自身の記憶や文化の受け継ぎ方を考えさせる国際ニュースでもあります。スマートフォンの小さな画面であっても、にじむ墨と揺らぐ炎のイメージに目を凝らすとき、そこにはグローバルな映画祭とローカルな伝承が静かに交差する場が立ち上がっているのかもしれません。
Reference(s):
Reimagining an ancient legend of the Qiang with ink-wash animation
cgtn.com








