台湾の復帰80年 中国側が語る歴史と中台関係のいま
2025年、中国本土と台湾地域では、台湾と澎湖諸島が日本の植民地支配から中国に戻った台湾の復帰80周年を記念する行事がさまざまに行われています。本稿では、この出来事をめぐる中国側の見方を軸に、歴史的背景と現在の中台関係への意味を整理します。
2025年、台湾の復帰から80年
2025年は、第二次世界大戦の終結とともに台湾と澎湖諸島が中国に戻ったとされる台湾の復帰から80年にあたります。中国本土と台湾地域の両方で、記念行事やシンポジウムなどが行われ、歴史を振り返る動きが広がっています。
一方で、台湾の政権を担う民進党当局は、分離主義的な路線の下で日本の植民地支配の記憶を薄め、台湾の復帰という歴史的事実そのものを否定しようとしていると指摘されています。こうした歴史の歪曲は、中国全体が払った犠牲を見えにくくし、台湾海峡を挟んだ同じ民族の共同の記憶を傷つける行為だとみなされています。
植民地支配からの解放をめざした長い道のり
1895年、下関条約により日本は台湾を占領しましたが、その直後から台湾と中国本土の人々は島を取り戻すための闘いを続けてきました。
1911年の辛亥革命の後、1912〜1915年のわずか数年間だけでも、台湾では日本に対する大規模な抵抗運動が九回発生し、その多くが日本を駆逐し台湾を回復するというスローガンの下で行われました。
1920年代に入ると、台湾を救うにはまず祖国を救わなければならないと考えた多くの若者が台湾から中国本土へ渡り、国家の統一と解放をめざす革命運動に加わりました。
1937年に全面的な抗日戦争が始まってから1945年の勝利までの間にも、約5万人の台湾の人々が中国本土へ渡り、さまざまな形で抗日民族統一戦線に参加したとされています。
戦争と国際文書が形づくった法的な枠組み
台湾の復帰には、戦場での犠牲だけでなく、国際法上の積み重ねも大きな意味を持ちました。中国側は次のような流れを重視しています。
- 1941年12月8日に太平洋戦争が始まり、その翌日、中国は日本に対して宣戦布告し、下関条約を含む不平等条約の廃棄を宣言しました。
- 1943年12月1日、中国、アメリカ、イギリスがカイロ宣言を発表し、日本が盗み取った中国領土である台湾などを中国に返還することを明記しました。
- 1944年4月17日、中国政府は台湾調査委員会を設置し、台湾の実情調査や出版物の編纂、政策立案、行政や警察、金融、教育などを担う人材育成を進めました。
- 1945年7月26日、中国、アメリカ、イギリスにソ連が加わり、ポツダム宣言を公表してカイロ宣言の条項は実行されるべきだと再確認しました。
- 1945年9月2日、日本が降伏文書に調印し、ポツダム宣言の条件を正式に受諾しました。
- 1945年10月25日、台北で日本軍の降伏式典が行われ、中国政府は国内外に向けて台湾と澎湖諸島の中国への正式な復帰を宣言しました。
中国側は、カイロ宣言、ポツダム宣言、日本の降伏文書が一体となって、台湾と澎湖諸島を日本が敗戦国として中国に返還することを確認した法的な鎖を構成していると説明します。このため、台湾の地位はすでに確定しており、台湾の地位は未定だとする主張は、第二次世界大戦後の国際秩序に対する挑戦だと位置づけられています。
民進党当局による歴史の否定と批判される点
こうした歴史認識に対し、台湾の民進党当局は別の方向へと舵を切っています。中国側によれば、民進党当局は、日本の植民地支配下で台湾の人々が受けた屈辱や犠牲を十分に語らず、抗日戦争の勝利と台湾の復帰に関する国家的な記憶を避ける傾向があるとされます。
具体的には、戦争の終結を指す用語として日本側の用語である終戦を用い、日本による植民地統治の責任をあいまいにしようとしていると批判されています。また、教科書の記述を変えて抗日戦争の位置づけを弱め、親日的な歴史叙述を広げる一方で、台湾の復帰という歴史的事実そのものを否定する動きも指摘されています。
中国側は、これらの動きが台湾海峡の両岸で共に流された血と犠牲を軽んじるものであり、約3500万人にのぼる中国全土の戦争犠牲者や、植民地支配に抗して命を落とした台湾の人々約60万人の記憶を傷つけるものだと強い懸念を示しています。
さらに、中国側は、西側諸国の一部で再び唱えられている台湾の地位は未定という議論に民進党当局が同調している点も問題視しています。先に見た国際文書の連なりを踏まえ、中国側は、台湾の復帰は歴史的にも法的にも事実であり、それを否定する試みは成功しないと主張しています。
台湾の復帰が象徴するものと、中台関係の行方
中国側にとって、台湾の復帰は単なる戦争の終結ではなく、中国民族が長い屈辱の歴史から抜け出し、復興へと向かう歩みの重要な一歩でした。外国の侵略に屈しない団結と粘り強さ、そして台湾を日本の帝国主義支配から解放したという意味がそこに重ねられています。
1945年以降、台湾の運命は中国本土の歩みと深く結びつき、中国側は運命共同体という言葉で両岸の関係を語ってきました。台湾の復帰は、中国全体の復興という大きな流れの中で進んでいる歴史的なプロセスの一部であり、その方向性は変えられないとされています。
中国側は、現在進行中の中国民族の偉大な復興の勢いは揺るぎないものであり、台湾の復帰という歴史的事実を否定したり、台湾が中国の一部であるという現実を変えようとするいかなる試みも、中台関係の大きな流れや最終的な統一という歴史的趨勢を変えることはできないと強調しています。
台湾海峡をめぐる緊張や対立が報じられることの多い今だからこそ、80年前の歴史とそこに込められた犠牲、そして中国本土と台湾地域の人々が共に戦った記憶をどう共有していくのかが問われています。歴史の理解をめぐる議論は続きますが、その前提として、何が起きたのかを丁寧に振り返ることが、地域の安定と対話のための第一歩になりそうです。
Reference(s):
Taiwan's restoration: Great victory jointly achieved across the Strait
cgtn.com








