現代ダンサーが挑む莫高窟の「血に染まった」未完壁画――国際ニュースで読む文化財保護 video poster
現代ダンサーが、血の跡でかすみかけた古い壁画をよみがえらせようとしている――。そんな少し意外な国際ニュースが、莫高窟を舞台に生まれています。モダンダンサーのChen Xi(チェン・シー)と、未完の壁画と向き合う画家 Shen Huan(シェン・ホアン)。ふたりは、ほとんど判別できなくなった原画から、どのようにして文化財としての「宝物」を取り戻そうとしているのでしょうか。
莫高窟で出会った、ダンサーと画家のコラボレーション
今回の物語の舞台は、長い歴史を持つ石窟群として知られる莫高窟です。ここで、モダンダンサーの Chen Xi は、画家の Shen Huan に寄り添いながら、かつて未完のまま残された壁画の完成に挑むことになりました。
しかし、ふたりの前に現れたのは、想像以上に厳しい現実です。原画となる下絵は血のような跡で染まり、線や色のニュアンスはほとんど見分けがつかないほどに失われていました。単なる修復ではなく、「何が描かれていたのか」「何を残し、何を足すべきか」をゼロから考え直さなければならない状況です。
血で汚れた原画を前に問われる、「修復」と「創作」の境界
文化財の修復においては、元の姿をどこまで再現するのか、それとも傷や汚れを歴史の一部として残すのかという難しい判断がつきまといます。今回の壁画は、原画が血で汚れ、かすれているため、そもそも「元の姿」がどこまで再現可能なのかすらはっきりしません。
Shen Huan にとって、これは技術の問題だけではありません。血の跡を完全に塗りつぶすべきなのか、それとも過去の出来事の痕跡として一部を残すべきなのか。歴史への敬意と、鑑賞する人への配慮。その両方をどう両立させるかが、ひと筆ごとに問われています。
ダンスが「失われた線」を読むための手がかりになる
そこで Chen Xi の役割が浮かび上がります。彼女はモダンダンスの身体表現を通じて、かすかに残る線や構図から、壁画が本来持っていたはずの「動き」を読み解こうとしています。
わずかな筆致の方向、人物の配置、空白の取り方。それらを身体でなぞるように動きながら、Chen Xi は「この人物はどちらを向き、どんな重心で立っていたのか」「場面全体はどんなリズムを持っていたのか」を探ろうとします。ダンサーの眼と身体感覚が、画家に新しい視点をもたらし、見えなくなった線の先を想像するきっかけになっているのです。
文化財保護とアートが交差するとき、見えてくる問い
莫高窟で進むこの試みは、単なる1枚の壁画の修復にとどまりません。現代の私たちに、次のような問いを静かに投げかけています。
- 文化財を「完全に元に戻す」ことは本当に可能なのか、それとも失われた部分と向き合いながら新しい物語を紡ぐべきなのか。
- 血の跡のように、痛みを伴う歴史の痕跡を、どこまで可視化し、どこまでそっと包むべきなのか。
- 絵画や建築といった静的な文化財に、ダンスやパフォーマンスのような動的なアートがどのように関わりうるのか。
国際ニュースとして見れば、これは「文化財保護の新しいかたち」を示すひとつのケースです。専門家による綿密な技術と、アーティストの自由な発想。それが対立するのではなく、互いを補い合う関係になりうることを、このプロジェクトは示しています。
遠くの遺産を、自分ごととして捉えるために
多くの読者にとって、莫高窟は地理的にも精神的にも遠い場所かもしれません。しかし、血で汚れた未完の壁画と、それに向き合う Chen Xi と Shen Huan の姿を思い浮かべると、文化財保護は決して専門家だけの話ではないことに気づかされます。
日々流れてくる国際ニュースのなかで、こうした小さなストーリーに目を留めること自体が、文化や歴史を大切にする社会への一歩になります。スマートフォンの画面越しに、その「かすんだ一枚の壁画」に想像力を向けてみること。それが、遠く離れた場所にある宝物を支える、私たちなりの関わり方なのかもしれません。
Reference(s):
cgtn.com








