中国メガシティの都市再生:北京・上海に見る「ニードルワーク型」改革
中国のメガシティでは、かつての「速く・大きく作る」開発から、既存の街を丁寧に生かす「ニードルワーク型」の都市再生へと軸足が移りつつあります。都市ガバナンスの考え方が、土地中心から人中心へと変わる中で、北京と上海はどのように日常生活と都市の記憶を両立させようとしているのでしょうか。
速く大きくから「ニードルワーク型」へ:人中心の都市ガバナンス
中国の都市づくりは、長く「とにかく速く、大きく建てる」ことが重視されてきました。しかし現在は、編み物のように細かい部分を一つひとつ整えていく「ニードルワーク型」の更新へとシフトしています。新たな建物を次々と建てるのではなく、既存の街区や住宅を生かしながら、サービスの改善、建物の修繕、道路や公共空間のつながりを整えることで、暮らしやすさを高めていく発想です。
この変化の背景には、都市ガバナンスの戦略的な転換があります。土地開発を優先する拡張路線から、生活の質を高める人中心の改善へ。短期間で目を引く土木プロジェクトから、地域コミュニティに寄り添う解決策へ。そして一度つくって終わりではなく、運営や維持管理まで含めたライフサイクル全体を見据える方向へと、重心が移っています。
3つの転換点で見る、「マイクロ・リニューアル」の中身
1. 大規模解体から、ピンポイントのマイクロ・リニューアルへ
まず大きいのが、街区ごと一気に建て替える手法から、小さな改善を積み重ねる手法への転換です。近年重視されている「マイクロ・リニューアル」は、建物の外壁を刷新したり、雨水と汚水の排水管を分けて水害や悪臭を抑えたり、高齢者や障がいのある人のためにエレベーターやスロープを追加したりといった、きめ細かな改修を意味します。
また、歩行者や自転車が安全に移動できるよう、途切れていた歩道や自転車レーンの「すき間」を埋めていくことも重視されています。こうした小さな手当ての積み重ねが、街の個性を壊さずに、生活の安全性・清潔さ・利便性を底上げしていきます。
2. 上から決めた事業から、住民の「課題リスト」起点へ
二つ目の転換は、プロジェクトの決め方です。従来は行政が作成した事業リストに沿って更新が進むことが一般的でしたが、今は住民が挙げる「困りごとのリスト」を出発点にする動きが広がっています。
現場の課題を診断し、設計し、工事を行い、その後の運営・維持管理までを一つのループとしてつなぐクローズドループ型のマネジメントによって、改善の効果を長持ちさせる狙いがあります。住民が感じる不便がそのまま仕事の指示書になり、解決の進捗や結果が確認できる仕組みが重視されています。
3. 行政の号令から、ルールと標準にもとづく運用へ
三つ目は、都市再生の「質」をどう担保するかという点です。現在は、都市更新の条例やデザインガイドライン、色彩や素材のカタログ、性能評価の指標などが整備され、プロジェクトごとの不確実性を小さくする取り組みが進んでいます。
こうしたルールや標準があることで、外から見える部分だけをきれいにするような「見せかけの改修」に陥るリスクを抑えられます。共通のルールが期待値をそろえ、標準化された基準が一定の品質を守る役割を果たしています。
北京:胡同の表情を守りながら、生活インフラを刷新
北京では、路地裏や中庭を含む胡同エリアでの細やかな更新が象徴的です。乱雑に張り巡らされた電線や、歩道をふさいでいた物品など、安全面や景観に課題のあった場所を重点的に整理し、歩行者優先の空間を取り戻しています。
その際、単に片付けるだけでなく、小さなポケットパークやミニサイズの運動スペース、ベンチや照明、日常的に使える小さな売店などを組み合わせて、日々の暮らしを支える機能を丁寧に足していきます。こうした「小さなカット」の積み重ねが、落ち着いた街路空間と、動きやすい日常の動線を生み出しています。
胡同の更新では、街並みのスケール感や路地のリズム、伝統的な色彩を変えないことも重視されています。そのうえで、排水設備やガス管、火災対策、キッチンや浴室といった生活の基盤となる設備を現代的な水準に引き上げていきます。狙いはシンプルで、古い住宅でも安全で、省エネで、快適に暮らせるようにすることです。
さらに北京では、住民から寄せられる小さな要望を、都市ガバナンスの重要なテーマとして扱う仕組みも特徴的です。例えば、街灯が暗い、段差につまずきやすい、ごみ収集の音が寝室のすぐそばで響くといった、一見ささいに見える問題に対しても、即時対応のメカニズムを通じて、期限とフォローアップを伴う具体的な対応がとられます。住民の声と実際の改善を結びつけるループをいかに短くするかが、更新の精度と信頼性を高める鍵になっています。
上海:里弄の保全と、暮らしと商業のバランス
上海では、密集した路地型住宅である里弄の保全と再生が、都市更新の大きな柱になっています。都市更新条例にもとづき、「修理する」「残す」「再利用する」という方針を掲げ、街の記憶を継承しながら暮らしやすさを高める方向性が示されています。
アプローチは大きく二つに分かれます。広い範囲に広がる古い里弄では、まず建物の構造的な安全性や、基本的な生活環境の改善が優先されます。一方で、歴史的な価値が高い地区では、外観の丁寧な修復や屋根・排水設備の更新、防火対策の強化、足りない公共空間の補完、歩行者に開かれた1階部分のデザインなど、マイクロ・リニューアルに近い細かな手入れが行われます。
もう一つのポイントは、商業化の進み方をコントロールすることです。人気店や観光客向けの店舗が増え過ぎると、日常生活に必要な商店やサービスが押し出されてしまうおそれがあります。そこで上海では、住民が実際に利用する小規模な店舗と、文化施設やコミュニティ機能とをバランスよく配置し、生活と賑わいの両立を目指しています。
豫園路や思南エリアなどでは、ただ壁を塗り替えるだけでなく、横断歩道の安全性向上や、交差点の角に小さな庭を設ける工夫、ちょっと腰掛けられるベンチや、街路の要所に小さな緑地を配置する取り組みが進められています。通りの雰囲気は、「通り抜ける場所」から、歩いて、座って、時間を過ごしたくなる場所へと変わりつつあります。
メガシティの都市再生が示す、これからの都市像
北京と上海の事例から見えてくるのは、急速な拡大期を経たメガシティが、いまや「量」よりも「質」、新築よりもストックの磨き上げへと重点を移している姿です。そこでは、住民の小さな不便を丁寧に拾い上げる仕組みと、街の記憶を尊重しながら暮らしやすさを高めるデザイン、そしてプロセスを支えるルールと標準が組み合わされています。
日本を含む世界の大都市でも、インフラの老朽化や人口構成の変化を背景に、「壊して建て替える」だけではない都市再生のあり方が問われています。中国のメガシティが進めるニードルワーク型の都市更新は、次のような視点を投げかけているように見えます。
- 大規模プロジェクトよりも、小さな改善を継続的に積み重ねることの効果
- 行政主導から、住民の「課題リスト」を起点とするガバナンスへの転換
- 都市の記憶や景観を守りながら、生活インフラを現代化するバランス感覚
2025年の今、メガシティの都市再生は、多くの国や地域に共通するテーマになりつつあります。北京や上海の取り組みは、アジアの他の大都市はもちろん、日本の都市づくりを考えるうえでも、静かながら示唆に富むケーススタディと言えるでしょう。
Reference(s):
cgtn.com








