上海、夜壺に別れ 都市再生が変えた「手提げトイレ」のある日常
上海で長年続いた「手提げトイレ」が、今年9月末までにほぼ姿を消しました。中国本土を代表する国際都市が、きわめて個人的な「トイレ問題」をどう乗り越えたのか。この国際ニュースは、都市再生と住民参加のあり方を考えるヒントを与えてくれます。
上海の裏側にあった「手提げトイレ」の日常
世界からはきらびやかな高層ビル群で知られる上海ですが、路地裏ではつい最近まで、多くの住民が夜壺のような「手提げトイレ」に頼る生活を送っていました。狭い住宅が密集する路地型住宅では、自宅にトイレがなく、公共トイレまでポットを運ぶのが日常だったのです。
1990年代初頭、上海の一人あたり居住面積は平均6.6平方メートルに過ぎませんでした。さらに、伝統的な石庫門(シクメン)住宅の多くは、そもそも専用の浴室やトイレを備えていませんでした。そのため、一つの路地全体で公衆トイレを共有することも珍しくありませんでした。
「夜明け前にポットを抱えて列に並ぶ。冬は手がかじかみ、夏はにおいがきつく、雨の日は最悪でした」と、上海・静安区の彭浦新村で38年間暮らしてきたZhang Cuiyingさんは振り返ります。
再開発の象徴・彭浦新村の大変身
1950年代に建設された彭浦新村は、かつては何千世帯もが手提げトイレに頼っていた典型的な「老朽住宅エリア」でした。静安区は2005年から20年計画の再開発に乗り出し、老朽住宅の建て替えとインフラ整備を進めてきました。
このプロジェクトは今年6月に完了し、住民は順次新しい住まいに戻っています。「見た目は同じ場所なのに、まるで別の街に来たみたいだ」と話す住民もいます。
改築後のコミュニティでは、すべての世帯に専用の浴室とトイレが整備されました。さらに、食堂、介護施設、スイミングプール、ジムなど、文化・スポーツ・福祉を支える現代的なコミュニティ施設も併設されました。単なるトイレの改善にとどまらず、暮らしそのものを底上げする都市再生となっています。
「1センチ」を争う住宅リノベーション
しかし、こうした変化は、図面の上だけで自動的に実現したわけではありません。既存の狭い空間にトイレとシャワーをどう組み込むかは、ミリ単位の調整が必要な「住宅の外科手術」に近い作業でした。
楊浦区の復興島エリアで街区の責任者を務めるZhou Xing'an氏は、「どこへ行くにもメジャーを持ち歩いています。1センチでも無駄にできないからです」と話します。「一つひとつの家に合わせて配管の通し方や間取りを考え、なんとかトイレとシャワーを押し込む。靴箱の中で手術をしているような精密さが必要でした」。
84歳のYanさんのケースは、その象徴的な例です。Yanさんは半世紀近く手提げトイレを使い続けてきましたが、本人と息子たちが暮らすそれぞれ十数平方メートルの小さな部屋には、トイレを入れる余裕がありませんでした。繰り返しの訪問でZhou氏が見つけたのは、台所に隣接するわずかな物置スペース。ここを家族共用の浴室・トイレに改装する提案に、家族はすぐに賛同し、長年の負担から解放されました。
282種類の間取りを92種類に 合意形成のプロセス
彭浦新村の彭一サブエリアは、特に複雑な再開発案件でした。2,110世帯が、7.5平方メートルから110平方メートルまで、実に282種類もの間取りで暮らしていたからです。すべての住戸にキッチンと浴室・トイレを追加しつつ、部屋数や居住面積を減らさない——難題に対し、担当チームは設計図を何百回も描き直しました。
再開発事務所のXu Bingrong氏は、「最終的に282種類の間取りを92種類に整理することで、現実的な設計に落とし込みました。一軒一軒、時間をかけて説明し、合意を積み上げることで、住民全体のコンセンサスを得ることができた」と語ります。
反対の声を変えるうえで効果的だったのが、「見せること」でした。虹口区のXiangde Roadで最初にトイレ設置に踏み切ったHuang Yong'an氏の家には、工事後、近所の住民が次々と見学に訪れました。9平方メートルほどの小さな部屋に住み、当初はもっとも強く反対していた階下の住民も、実物を見た直後に「自分の家にも設置したい」と態度を変えたといいます。
長期プロジェクトを支える「共に治める」都市ガバナンス
こうした都市更新は、住宅、都市計画、建設、財政、文化財保護など、多くの部門が関わる総合プロジェクトです。上海大学の都市更新・持続可能性研究所を率いるWang Congchun氏は、「プロセスは長く多層的であり、どこかの調整がうまくいかなければ、すぐに全体の遅れにつながる」と指摘します。長期にわたる事業では、現場の担当者に高い持久力とマネジメント能力が求められます。
静安区の住宅当局の担当者は、「都市建設の主役はあくまで人です。住民の支持と参加なくして成功はありえません」と強調し、今回の取り組みを「都市の共治(ともにはぐくむガバナンス)を体現する生きた教材」と表現しました。
全国に広がる都市再生 第15次五か年計画へ
上海の取り組みは、中国本土全体で進む都市再生の一部でもあります。住宅・都市農村建設部のデータによると、第14次五か年計画期間(2021〜2025年)には、全国で24万件を超える老朽住宅コミュニティが改修され、4,000万戸、約1億1,000万人が恩恵を受けました。
これらの地域には、次のような設備が新たに整備されています。
- エレベーター 約12万9,000基
- 駐車スペース 約340万台分
- 高齢者・児童向け施設 約6万4,000カ所
一つひとつは小規模な投資に見えますが、全国の都市生活の質を底上げする効果は大きいとされています。最近公表された第15次五か年計画(2026〜2030年)の策定に向けた提言でも、こうした「人を中心とした都市づくり」をさらに推進する方針が示されています。
「トイレ」から見える、これからの都市のかたち
手提げトイレの撤廃という、一見ささやかな課題の解決は、実は都市の優先順位をどう定めるかという問いでもあります。上海の経験は、ハードの更新だけでなく、住民一人ひとりの生活目線を中心に据えた都市再生が可能であることを示しています。
老朽化が進む日本の都市や団地でも、トイレやエレベーター、コミュニティ施設といった身近なインフラから暮らしを見直す視点は参考になりそうです。あなたの街で「ほんの1平方メートル」変えるとしたら、どこから手を付けるのか——そんな問いを考えながら、このニュースをシェアしてみてはいかがでしょうか。
Reference(s):
Shanghai flushes out chamber pots as urban renewal gathers pace
cgtn.com








