中国本土BCI臨床試験 思考で車椅子操作に成功
中国本土で、脳とコンピューターを直接つなぐ侵襲型ブレイン・コンピューター・インターフェース(BCI)の臨床試験が大きく前進しました。中国科学院(CAS)脳科学・知能技術卓越センターと復旦大学付属華山医院などの研究チームが、思考だけで車椅子やロボット犬を操作できることを臨床試験で示したと伝えられています。
これまで画面上のカーソル操作など「二次元」の実験が中心だったBCIが、現実世界での「三次元の行動」へと広がりつつあることは、運動機能に障害のある人の生活や、人と機械の関係を大きく変えうる動きです。
思考で動く車椅子とロボット犬
今回の臨床試験では、頚髄損傷による四肢まひを抱える中年男性が、侵襲型BCIを通じて屋外で車椅子を操縦し、さらにロボット犬に出前の受け取りを指示することに成功しました。患者は手足を動かすことなく、頭の中で「こう動きたい」と思うだけで、機器を操作します。
屋外での車椅子操作には、障害物の回避や急停止といった、複雑で動的な環境への対応が欠かせません。意図と動作の間に遅れがあれば、転倒や衝突など安全面のリスクが高まります。その意味で、今回の成果は単なる実験室内のデモンストレーションを超え、日常生活に近い条件でBCIが機能した点に特徴があります。
侵襲型BCIと今回の臨床試験
BCIは一般に、脳内に直接電極を入れる「侵襲型」、頭蓋骨の内側までアプローチする「準侵襲型」、頭皮上から信号を読む「非侵襲型」の3種類に分類されます。今回報告されたのは、このうち最も直接的に脳の活動を読み取る侵襲型BCIの成果です。
今年3月、中国本土の研究チームは運動機能障害のある患者の脳に、髪の毛の太さの1%未満という極めて細い電極を埋め込みました。この電極を通じて脳の信号を読み取り、思考だけでチェスを指したり、カーレースゲームで車を走らせたりすることが可能になったとされています。
現在、このBCI臨床試験の2人目の参加者にも電極の埋め込みが行われ、新たな応用の検証が始まっています。研究チームは、患者ごとの状態に合わせた使い方や、日常生活での実用性を含め、さまざまなシナリオでの試験を進めているとみられます。
二次元から三次元へ:BCIの「現実世界デビュー」
従来のBCI研究では、コンピューター画面上のカーソル移動など、二次元の画面内で完結するタスクが中心でした。今回、中国本土のチームはそこから一歩進めて、患者が現実世界の物体やロボットを直接動かす「三次元の行動」へと領域を広げています。
現実空間で車椅子を操作するには、進行方向だけでなく、周囲の環境の変化への対応や、緊急停止といった複雑な判断が求められます。しかも、その判断と動作の間に「遅れがあってはならない」という厳しい条件付きです。
そのため、外部機器であるはずの車椅子やロボット犬が、患者自身の身体の延長のように感じられるレベルまで、システムの一体感と応答性を高める必要があります。研究チームは、この難題に対処するため、BCIの中核となる複数の技術要素でブレイクスルーを達成したと説明しています。
4つの技術ブレイクスルー
1. 神経データ圧縮とハイブリッド解読モデル
まず、チームは脳から取得した膨大な神経データを効率よく扱うために、独自のデータ圧縮技術と「ハイブリッド解読モデル」を開発しました。圧縮と解読アルゴリズムを緊密に連携させることで、脳信号を動作指令に変換するBCI全体の性能が15〜20%向上したとされています。
2. 神経マニフォールド・アライメントによる安定化
次に、時間とともに揺らぐ神経信号を安定して読み解くため、「神経マニフォールド・アライメント」と呼ばれる手法が導入されました。感情の変化や周囲の環境により、同じ動作を意図していても脳の信号は微妙に変動します。この手法により、デコーダー(解読器)はそうした揺らぎの中から一貫した「中核の意図」を捉え続けることができるとされています。
3. オンライン再キャリブレーションで自己進化
三つ目の柱が、「オンライン再キャリブレーション」です。従来のBCIシステムは、一定時間ごとにユーザーが操作を止めて、面倒な調整作業(キャリブレーション)を行う必要がありました。今回のシステムでは、日常的な操作の最中にもリアルタイムでパラメータが更新され、ユーザーとともに「学習し続ける」仕組みになっています。
これにより、使えば使うほどユーザーの意図にフィットし、長時間の利用でも操作感が大きく崩れにくいBCIが実現しつつあります。
4. 思考から動作まで100ミリ秒未満の遅延
四つ目のポイントは、「考えてから動く」までの時間をどこまで短くできるかという問題です。研究チームは、外部機器を操作する際のシステム全体の遅延を100ミリ秒(0.1秒)未満に抑えました。これは、健常者が脳内の指令を実際の動作に変えるまでにかかる約200ミリ秒よりも短いとされています。
患者にとっては、「考えた瞬間に動く」という感覚に近づくほど、外部機器が自分の身体の延長のように感じられます。車椅子の緊急停止や障害物の回避といった場面では、このわずかな差が安全性に直結します。
医療と人間拡張への静かな一歩
今回の中国本土の取り組みは、侵襲型BCIが実験室のデモ段階から、現実世界での応用に向けて一歩踏み出しつつあることを示しています。四肢まひなど運動機能に障害のある人にとって、思考だけで移動手段や補助ロボットを操作できる可能性は、生活の自立度を高める新たな選択肢になりえます。
一方で、こうした技術は期待と同時に、いくつかの静かな問いも投げかけます。
- 長期的な安全性や信頼性をどう確保し、トラブル時のリスクをどこまで抑えられるか。
- 高度な機器や支援を、どのような条件や体制で必要とする人に届けていくのか。
- 脳内の情報という極めてセンシティブなデータを、どのように扱い、プライバシーを守るのか。
中国本土で進むBCI研究は、脳科学と工学が人の生活により深く入り込んでいく現在の流れを象徴する動きでもあります。技術の進展とともに、社会の側がどのようなルールや対話を整えていくのか。今後の臨床試験の行方とあわせて、注視していく価値のあるテーマと言えそうです。
Reference(s):
Chinese scientists make breakthrough in brain-computer interface trial
cgtn.com








