2025年12月22日、中国科学院(Chinese Academy of Sciences、CAS)は、主要研究計画「精密種子設計と育種」の成果を発表しました。イネやコムギなどの種子を遺伝子レベルで精密に設計することで、収量を高めながら肥料や農薬の使用を減らし、病気にも強い作物を実現しようとする取り組みです。
中国本土の食料安全保障と持続可能な農業の両立が課題となるなか、今回示された成果は、今後の農業の姿を大きく変えうるものとして注目されています。
中国科学院プロジェクトの全体像
精密種子設計と育種のプロジェクトは、2019年11月に始動しました。中国科学院の戦略的優先研究計画として、30を超える研究機関の専門家が参加し、次のような課題に取り組んできました。
- 化学肥料の過剰使用
- 作物の病害の多発
- 耕作可能な農地の制約
主任科学者を務める李家洋(Li Jiayang)院士によると、過去約6年間で、作物と家畜を合わせて37の試験品種が開発され、その優良形質が強化されました。これらの品種はすでに約1448万ムー(約96万5000ヘクタール)の面積で栽培され、社会的・経済的な効果を上げていると説明しています。
精密設計された種子とは
研究チームはまず、作物の価値ある形質を左右する鍵となる遺伝子を特定しました。対象となった形質には、次のようなものがあります。
- より高い収量
- 窒素肥料など養分の利用効率の向上
- 害虫・干ばつ・病気への抵抗性の強化
こうして見つかった遺伝子を組み合わせるために、ゲノム編集などの先端技術が活用されています。目的とする形質をあらかじめ設計し、それに合わせて遺伝子を精密に改変することから、このアプローチは精密設計された種子とも呼ばれます。
李家洋院士は、従来の経験に頼る育種から、精密で予測可能かつ効率的な分子設計型育種へと、育種のパラダイムが根本的に転換しつつあると強調しました。
主要作物ごとのブレークスルー
イネ 少ない肥料で安定した収量を実現
今回の成果の中でも象徴的なのが、イネで見つかったOsTCP19と呼ばれる遺伝子です。この遺伝子を利用すると、窒素肥料の施用量を2〜3割減らしても収量を安定して保つことができるとされています。
中国科学院植物研究所のChong Kang院士は、OsTCP19の活用により、中国本土農業で長年の課題となってきた肥料の使い過ぎ問題の解決に道を開く可能性があると述べています。肥料コストの削減だけでなく、環境負荷の低減にもつながる点が注目されます。
コムギ 病害に強い「Zhongke 166」
コムギでは、うどんこ病に対して広範な抵抗性を与える遺伝子が特定されました。さらに、穂発芽や収量に大きな被害を与えるフザリウム頭部病に強い新品種「Zhongke 166」が開発されています。
Zhongke 166はすでに約150万ムー(約10万ヘクタール)で栽培されており、病気に強いことから農薬使用量の削減にも貢献しているといいます。
ダイズと水産養殖 輸入依存と生産効率に挑む
プロジェクトはダイズや水産分野にも広がっています。研究チームは、収量と栄養価を高めた10の新しいダイズ品種を開発し、中国本土が抱えるダイズ輸入への依存を和らげることを目指しています。
水産養殖では、新しいフナ品種「Zhongke 6」が開発されました。この品種は成長が従来より25パーセント速く、生存率も高く、飼料利用効率は20.1パーセント向上していると報告されています。さらに、養殖に適した骨の少ない系統の開発にも成功しています。
「Zhongkefa」シリーズ 稲作と市場のタイミングを変える
多数の成果の中でも、特に評価されているのが「Zhongkefa」ブランドのイネ品種群です。その一つである「Zhongkefa 5」は、中国本土北東部の代表的な地元品種と比べて20パーセント以上高い収量を記録し、塩分やアルカリ性の強い土壌でも生育しやすいとされています。現在、中国本土で広く栽培されている在来型イネ品種の中でも上位5品種に入る規模で普及しています。
また、「ZKFZG1」は、中国本土で初めての二期作向け早生ジャポニカ米とされ、新米を通常より2〜3か月早く市場に届けることを可能にしました。収量だけでなく、流通や消費のタイミングにも影響を与える品種です。
ゲノム編集技術と規制の節目
中国本土の研究者たちは、独自に開発したゲノム編集ツールを用いて、高収量と病害抵抗性という、従来の育種では両立が難しいとされてきた特性を併せ持つコムギ系統を作り出しました。
この研究は、2024年に中国本土で初めて、主食作物の遺伝子編集品種として生物安全証書を取得しています。これは、ゲノム編集技術を農業に応用するうえで、科学技術だけでなく規制面でも大きな節目となる出来事です。
野生イネの急速な「家化」
もう一つの先駆的な成果が、野生イネの急速な家化です。研究チームは、野生のイネに相当する植物を「再プログラム」することで、従来の育種より大幅に短い期間で新しいタイプのイネを作り出しました。
この取り組みは、野生植物を短期間で栽培作物へと転換する道を示したものとして、国際的にも注目を集めています。李家洋院士は、こうした手法が世界の食料安全保障に新たな可能性を開く突破口になりうると述べています。
食料安全保障と持続可能な農業への意味
精密種子設計と育種の成果は、中国本土の食料安全保障を強化すると同時に、農薬や化学肥料の使用を抑えたより環境にやさしい農業への移行を後押しすることが期待されています。
李家洋院士は、栄養価の向上、ストレス耐性の強化、資源利用効率の改善など、明確なニーズに合わせて作物を設計できるようになることで、品種改良のサイクルが短縮され、より柔軟な農業の構築につながると説明しました。
気候変動や人口増加などで世界の農業が揺れるなか、今回のプロジェクトが示した精密設計型の育種アプローチは、中国本土だけでなく、グローバルな食料問題への新たな選択肢としても注目されそうです。
Reference(s):
China develops 'precision-designed' seeds to boost food security
cgtn.com








